第一章 -邂逅- ⑳

「タカヤ」


 ルーシーが、僕の名前を呼ぶ。


「私は昔から駆け引きが下手みたいでな、いつまでも上達しないと仲間に笑われていたんだ。だから、今回の駆け引きも失敗するんじゃないかと思っていた」


 駆け引きとは、偽装の勝負だ。自分の真意を隠し、建前を真意に偽装して駆使し、相手の真意を掴む。

 ルーシーは嘘をつくのが下手なのか、真意を隠しきれていないし、建前が見え見えなのだ。たしかに下手と言える。


「いつもなら賭けに負けて悔しい思いをすればいいんだが、今回ばかりは私も引き下がれない。だから、最後の手段を用意していた」


ルーシーは哀しい瞳で、僕の目を見た。その紅い瞳に吸い込まれるように、僕は目をそらすことができない。



「なぁ、タカヤ。サキュバスを知っているか?」



 サキュバス。


 男の夢の中に現れるとされる夢魔。美しい女性の姿をしており、夢の中で男と交わり精を貪る悪魔。


「私は、サキュバスだ。魔の存在は基本的に魂を体内に取り込み魔力に変換して力を行使するが、たいていの種族が代替物を用いた魔力変換をすることができる」


 魂に比べて変換効率は悪いものの、例えば炎竜は炎を食べて魔力を体内で精製する。

 魔力とは、各種族がそれぞれ持っている特有の能力を行使するために利用する力のことをいう──らしい。


「そしてサキュバスの能力は、誘惑。男を誘い、惑わせ、意のままに操る力だ。思い当たる節はあるだろう?」


 誘惑──そう、僕は実感していた。誘われ、惑わされていた。


 この地下空間に来るときに感じた脳が溶けそうな感覚も、ルーシーの姿を目にしただけで犯そうとしたことも、すべてこの力によるものだったのか。


 そしておそらく、彼女の持つこの暴力的なまでの魅力も、サキュバスとしての特性なのだろう。

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