第一章 -邂逅- ⑲
さらに、いま質問権を求めた僕に対して手短さを求めたのは──時間がない、焦っていることの証左ではないだろうか。
はっきり言って、僕はルーシーの要求を呑むことに対して消極的だ。けれど、最後に一つ、その焦りの理由だけが気になっていた。気になってしまっていた。だから僕はルーシーに問いかけてしまったのだった。
この好奇心がターニングポイントだったと、いまなら言える。
「あなたは、天界に行って何をするんですか? 旅の目的を教えてください」
問いかけながら、僕の頭を巡るのは、悪魔(魔族)たちが天界を侵略しようとするストーリー。天=善、魔=悪のイメージは、人間として保有する共通のものだと思う。
もちろんそういう目的なら、旅の同行を承服できない理由が出来るだけだ。
けれど、
「………………」
ルーシーは僕の質問に対して、沈黙で答えた。代わりに僕に向けられたのは、表情だった。
正確には、ルーシーの表情を僕が答えとして勝手に受け取っただけなのだけれど、それは僕の心を強く揺さぶった。
それは憂いを帯びた表情だった。紅い瞳が揺れる、哀しみに彩られた表情だった。元の相貌の良さだけでは、こうはならない。いったい何があれば、こんな表情になるのか。
「……それは、答えられない」
絞り出した声で、ルーシーは言った。
「それは答えられないんだ。魔界との扉はまだ閉まりきっていないから、どこで誰が聞いているか分からない」
ぼんやりと光を放ったままの祠。あの祠が扉だと言うのなら、ルーシーの言った通り、何者かがあの向こう側で耳をすませているかもしれない。
けれど、それはつまり、魔界の連中はルーシーの旅を知らないと──そういうことになるのか。
二つの異世界間では、流通がストップ──つまり断交状態にあるわけだ。そんな中、ルーシーは魔界を抜け出して天界に行こうとしている。
考えられるのは、亡命だろうか。けれど、魔を嫌って結界まで張る天界に逃げたところで、救いがあるのか?
それに、なんだかいまのは、どこか言い訳じみているように感じた。
いずれにしろ、ルーシーは僕に天界へ行く理由を話してはくれないらしい。
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