第一章 -邂逅- ⑯

「……僕が知っているのは、天界と魔界という異世界があるということだけです。それに、僕はさっき扉守になったばかりなので、他の扉守に比べて知識が少ないというか……」


 そもそも、前村さんの話では、異世界の存在が現れた際の対処法なんていまや誰にも分からないという話だったような。


「ってことは、なんだ。扉守ってのは結局素人の集団ってわけか?」


「……たぶん」


「ちっ、文献とはえらい違いだな。しかも素人か。けど新しく対策を練り直す時間はもうないし……」


 ぶつぶつと、何かをつぶやく。苛立ちを隠すつもりはないらしい。


「はぁ、仕方ない。タカヤ、単刀直入に言う──」


 ルーシーは、まっすぐに僕の目を見つめてきた。危険を想起させる紅色が、僕を捉えた。



「──私を、手伝ってほしい」



「手伝う?」


「そうだ。天界と魔界のことは知っていると言ったな。事情は言えないが、私はいますぐ天界に行かなきゃならない。タカヤには、その旅の同行を頼みたい」


「………………」


 ここでいったん整理しよう。


 まず前提として、いわゆる“あの世”という異世界が存在するのは、どうやらもう間違いないらしい。

 そして、このルーシーという女性(いまさらだけれど、そう呼んでいいかまだ少し悩む)は、自分を魔族と言った。少々安直だけれど、つまり、彼女は魔界の住人と考えて良いのだろう。


 その魔界の住人が、僕に天界とやらへの旅の同行を、よりにもよってのだ。


 長い緋色の髪、紅の瞳、牙のような犬歯、黒い翼──姿は人間で、形は人間ではない存在。

 数多の物語を読み、現実との境界線を幾度となく夢想してきたはずなのに、実際に“向こう側”へ飛び込んでみると、ただただ威圧されてすくんでしまっていた。


 それほど圧倒的な存在感を持つ彼女が、頭を下げているのだ。


 率直に言って、どうしようもない。


 うろたえるばかりで、現在起こっている問題への対処が何一つ思い浮かばない。


 けれど、頭を真っ白にすることだけは止めた方が良いと考えた僕は、質問をすることにした。思い浮かばないのなら、考えるしかないのだから。

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