第一章 -邂逅- ⑮
「いいか、私の言葉に耳を傾けろ」
ルーシーの放つ言葉の単語一つ一つが、僕のイカれた脳に刻まれていく。
「ゆっくり深呼吸しろ。焦るな。吸って、吐いて、吸って……」
指示に従う毎に、頭が冷静に、クリアになっていくのを感じる。クリアになることで、自分がどれだけおかしかったのかを再認識した。
目の前にあるのは、同じ顔。けれど、さっきのような下劣な感情は抱かない。その暴力的な魅力はそのままに、けれどあくまで街中で美人を見かけた時の反応の範疇だ(顔の距離が近いため、どぎまぎはしているけれど)。
ほっと息をつく。
「おーい。安心するのは結構だが、早く上から退いてくれ。重い」
言われて、いま僕は女性の腹の上に腰かけている体勢であることを思い出した。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて彼女の体から距離を取る。
拘束から脱したルーシーは立ち上がり服に着いた埃を払う仕草の後、同じく立ち上がった僕に向かって、こう言った。
「初めまして。ルーシーだ。会いたい気持ちはなかったが、それでも会いたかったぜ、タカヤ」
軽く喧嘩をふっかけられた気分を味わえる、斬新なごあいさつだった。
握手を求めるでもなく、続いて僕からのあいさつを待つでもなく、
「まずはすまなかった」
と言って、頭を下げた。
炎のような緋色の髪と、血のような紅い瞳、尖った耳、牙のような犬歯に黒い翼を持つ、人間ではない存在が──僕に謝っていた。
彼女に対して不貞を働こうとしたのは僕で、罰せられるべきは当然僕であるはずなのに。
ルーシーは続ける。
「さっきのことに、お前の非はない。あれは私の力がお前に作用した結果だ。人間じゃ、あれには逆らえない」
人間じゃ、と彼女は言った。
僕は疑問をぶつけることにした。
「あなたは……何ですか?」
誰ですか、とは聞かない。人ではない存在に、誰とは当てはまらない気がした。
「私は……魔族だ」
答えに、さすがにくらりと来た。
人間ではない、異世界の存在。魔的だと自分で形容しておきながら、あまりの非現実さに酔ってしまう。
「なんだ、お前は扉守なんだろう? 魔族のこと、知らないのか?」
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