第一章 -邂逅- ⑫
「──えっ?」
唐突に、目が覚めたような感覚だった。
蕩けていた脳みそが突然、質量を取り戻したかのように正気になっていくのがわかる。
──“さあ。私の名前を呼べ”
女性の声だった。
「だ、誰?」
いや、ここまで来れば、否応なしにわかっていた。
ただ信じたくなかっただけだ。
天界とか魔界とか、物語の世界ではファンタジー、現実世界では辛うじてスピリチュアルなカテゴリに分類されるであろう存在。
それがいま、よりによってこのタイミングで、そして何より僕に対してコミュニケートしようとしているのだった(友好的かは、不明)。
足は震えるし、心臓は内側から飛び出して来んばかりに働いている。普段から運動不足な僕にはきつすぎた。
──“どうした。私の名を呼ぶんだ”
催促が飛んできた。けれど、当然ながら、僕はこの声の主の名前なんて知らない。知らない名前じゃ呼びようがあるはずない。
──“……ちっ。脳みそあるんだから考えろってんだ。何のために脳を解放したと思ってんだよ”
舌打ちされた挙句に悪態をつかれた。というか、僕は一言も声を発していないのに、コミュニケーションが取れてしまっていた。超能力──テレパスというやつだろうか。ファンタジーの後はSFときた……勘弁してほしい。僕の処理能力じゃもう追い付きそうもない。
──“うるさいな。いいか、さっきお前の脳に私の名を刻んでおいた。ちょっと考えりゃ答えは出る。いいからさっさと考えろ”
いや、考えろと言われても……できれば考えたくないというのが本音だ。脳に刻んだとかいう恐ろしい言葉は、いますぐ忘却の彼方へ捨て去りたい。
そもそも“異世界”人(人?)の“名前”なんて、考えただけで分かるとも思え──…
………………。
分かってしまった。異世界、名前。この二つの単語を頭に浮かべた途端、インターネットで検索するように、僕の知らなかった情報が脳裏をよぎった。
あまりに唐突で、驚いて、僕はその名を思わず口に出して呼んでしまった。感情も何もない、心に響かない音読。
「ルーシー」
──“遅いぜタカヤ”
けれど、声は笑った。僕は僕の名を呼ぶ声の響きから、勝ち誇った不敵な笑顔を想像した。
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