第一章 -邂逅- ⑨
「あくまで、そのような検討が為されているという話でございます。ただし、前向きに、でございますが」
「具体的には、どういったペナルティなんですか?」
「検討段階ですので詳細は申せませんが、およそ基本的な人権を失う内容にするべきという極端な意見も少なくはありません」
「そ、そんなの、許されるはずがないじゃないですか!」
「それが許されてしまうのが、今の世の中なのです。扉守は、あらゆる手段を以て秘匿されますので」
狂ってる……。
完全にイカれてる……。
言葉が出なかった。思うことがあまりに多すぎて、一度吐き出すと言葉だけでは済まないと思った。
短い沈黙を飲み込み、前村さんが再び口を開く。
「ですが」
言葉に力を込めて。
まっすぐに、僕の目を見て。
「当然、この現状を覆さんとする勢力も旗手をあげました」
それが──
「旦那様と奥様です」
父さんと母さん。
海外を飛び回り、どんな仕事をしているのかも詳しく教えてくれなかった、僕の両親。
「旦那様方は扉守の報酬のほとんどを、現状を変えるために注ぎ込みました。その理由は、詳しくは存じませんが──一人息子のためだと、伺っておりました」
「僕の、ため?」
思案する。父さんと母さんの思いを汲み取ってみる。
僕の記憶。両親の行動。
それらが交わる境界線を、探る。
本を読みながら、幾度となく繰り返した行為を──また、繰り返す。
幼い頃。ベッドで聞いた扉守の話。そういえば、どうして僕の両親はあの時あんな話をしたのだろう?
思えば──考えれば──僕がその話を話し半分に聞いたあの時から──なのかもしれない。
扉守は、もしも危険が降り注ぐ時、それがどの程度かも分からない。それなのに、扉守の家系に生まれた者は、その任に就かなければペナルティを負ってしまうことになるかもしれない。
だから両親は、愛する一人息子のために──僕のために、形勢を覆そうとしていたのかもしれない。
「前村さん、形勢はまだ変わらないままなんですね?」
「はい。人がようやく集まり出し、これからというところでございました」
もう一度、思案する。
ヒロとヤスには直した方が良いと言われた癖だけれど、僕は大事なことを即決できるほど出来た人間じゃないから、考えるしかないんだと思う。
父さんたちが僕や未来の扉守のために遺してくれた、成果と愛情。
無駄にしたくない気持ちの一方で、底の見えない谷に飛び込むような真っ暗な未来に対する不安を拭えない。
考える。
あくまで想像でしかない創造の話だけれど、それしか僕にはないのだから。
前村さんは、そんな僕を、じっと座ったままで見守ってくれていた。
「前村さん」
僕が出した答えは──
「やります。両親の願いを継ぎたいと思います」
僕は頭も要領も良くないけれど、いつか必ずあの人たちに報いなきゃいけないんだ。
前村さんは、僕の言葉を目を閉じながら聞いて、頷いた。
「本当に、よろしいのですね」
「はい」
「かしこまりました。それでは、比護隆也様。あなた様を正式な扉守後継者として任命させて頂きます」
前村さんは深々と頭を下げた。
「手続き及び任命の儀はまた後日に。差し支えなければ、私が引き続き秘書を担当致します」
「よろしくお願いします」
「承知致しました。それでは、これで私の本日の仕事は終わりでございます」
そう言って、前村さんは──
「それでは、ここからはただのジジイの説教としてお聞きください」
「……へ?」
「よろしいですか、隆也様。物事の決断は、しっかり情報をそろえてから行うべきです。先程も、私にもう少し質問を投げかけてから判断すべきでした。特に人生経験も少ないのですから。たしかに若いうちは失敗できますが、取り返しのつかないことがゼロというわけでは決してないのですよ。そもそも……」
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