第一章 -邂逅- ⑦

「失礼致します」


 前村さんが僕の正面に腰を下ろす。


 正座をし、背筋をピンと伸ばしている姿は、やはり執事のように礼儀正しい。



「さて、お心苦しいとは存じますが、私の務めを果たさせて頂きたく思います」


「務め……?」


「私はただの秘書でありますが、扉守の秘書にございますれば、直ちに次代の扉守を任命せねばなりません」


 前村さんの表情はやはり変わらない。たとえ僕の両親がその扉守だったとして、その秘書が雇い主が死んだ途端に次の役目を息子に押し付けるものなのか。


「それは勘違いでございます」


 前村さんが言う。

 表情は変えず、けれど声には容赦なく力を込めて。


「私は、正確には旦那様方の秘書ではないのです。扉守の秘書とは、あくまで扉守を護る存在。何よりも第一に護るべきは、扉守の系譜なのです」


「人間の……命よりもですか?」


「ともすれば」


 イカれてる──それが僕が抱いた率直な感想だった。


 心に空いた穴に、何かが埋まりそうだった。沸々と込み上げてくる何かがあった。


「そもそも、僕はその扉守について、ほとんど何も知りません」


「存じています。ですから、こうして私がいまここにいるのです。扉守について知って頂くため──そして、次期扉守に就いて頂くために」




──

 子供の頃、父さんが枕元で聞かせてくれたのは、たしかこんな感じの話だった。



 僕たちが暮らす“この世”の生物は、死後、いわゆる“あの世”へ行く。


 あの世は、日本では天国や地獄と呼ぶけれど、実際そこにあるのは、“天界”と“魔界”という二つの異世界。


 この異世界では、この世で生物が生きるために酸素を必要とするように、魂がなければ存在できない。


 よって、天界と魔界は、古代より人間の世界に干渉し、死後の魂があの世へ渡るシステムを作り上げていったという。

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