第一章 -邂逅- ⑥

──

 大雨の中、夜の高速道路を、一台の高級車が走る。


 僕はその車の後部座席で、何を考えるでもなく──何も考えられず──ただ窓の外のにじむ街灯を眺めていた。


 あの後、僕は前村さんの提案で、東京にある両親が拠点として使っていた家へ向かうことになった。


 前村さんには、僕をそこへ連れていきたい明確な理由があるようだったけれど、そんなことは僕にはどうでも良かった。


 ただ、あの家にいたくなかったという理由で、僕は前村さんに着いてきた。


 涙と一緒に、僕は色々なものを体外に吐き出してしまったのか、思い切り泣いた後、泣き終えた後、僕の心にはぽっかりと大きな穴が空いていた。何も入っていない、満たされていない穴が。


 この穴が何なのか、僕にはまだはっきりとしないのだけれど、両親の死を報せる電話を受けたくなくて、逃げてきた。


 ヒロを僕の部屋に寝かせ、手紙を書いて、前村さんに言われるまま、車に乗り込んだ。



「旦那様方のご遺体を確認致しますか?」


 そんな前村さんの問いには、首を横に振って答える。


「かしこまりました」


 前村さんはそれっきり何も言葉を発することなく、ひたすらハンドルを握っていた。


 雨は強弱を変えながらも、止む様子を見せず、バチバチと窓を叩き続ける。

 涙は枯れているから、街灯がにじんでいるのはこの雨のせいだ。


 車は走り続け、高速を降り、車が目的地に着いた頃、雨はようやく降り止んだ。


「到着でございます」


 前村さんが後部座席のドアを開けて、僕に降りるように促す。


 正確な時刻は分からないけれど、夜空が白んできていることから、日本が早朝を迎えたことはどうやら間違いないようだ。


 その一軒家は、僕のような田舎者が思い浮かべる東京のイメージとは少し離れた趣をしていた。


 まず、二階がない。縦よりは横に広い物件で、瓦の屋根と竹で出来た高い柵、そして今時珍しくもある、横開きの扉が目についた。


 柵の内側は庭になっていて、数本の木とたくさんの盆栽、小さな水場、白い物置小屋が見えた。


 水場の水面には波紋が浮かぶ。何か小さな生き物がいるのだろう。



「こちらです」


 前村さんに誘導されて、家の中へ入る。


 外見の通り、和風の印象を貫き通した造りになっているようだった。


 息苦しかった。


 玄関から途中通りかかった台所やお風呂に至るまで、人の生活の痕跡が生々しく残っていたからだ。


 揃えられた靴や二本置いてある歯ブラシ、お皿の数など、両親がここで暮らしていたことがはっきりと分かる。


 居間に通された。


 畳張りの和室で、新調したばかりなのか独特な匂いが鼻腔を刺激する。


 丸テーブルに備えてある座布団に座り、部屋を見渡した。


 壁には僕が昔描いたらしき下手くそな両親の似顔絵が飾ってあり、その下の化粧台には家族で撮った写真があった。


 心に空いた穴が、広がった気がした。


「どうぞ」


 お茶を出された。上品な味の緑茶だったけれど、味わうこともできず、必死に飲み干してしまう。何か、足りないものを補いたかったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る