第一章 -邂逅- ⑤

 はっきり言って、人間の所業に思えなかった。


 状況だけを根拠によくよく考えてみれば、前村さんが父さんと母さんを……と考えた方が、何かと自然で色々と納得がいってしまうのではないだろうか。


「わたくしは、」


 前村さんは表情一つ変えずに、


「私は単なる秘書でございます。ただし、少々特殊な訓練を受けてはおりますが」


「特殊な、訓練?」


「ええ。単なる秘書でございますが、普通の秘書ではいられませんので。ご存じでしょう? 私はでございます」


 最後の一文に、前村さんは力を込めた。正確には、扉守という単語に。


 扉守とびらもり──それが、僕が子供の頃に聞かされた、両親の仕事に関わる唯一の言葉である。


「扉守の秘匿は、私の義務でございます。故、旦那様方のご遺体から扉守に繋がる情報を処分し、そちらの方にも、申し訳ありませんが眠って頂きました」


 横目でヒロを見やり、淡々と、語る。


「旦那様方の死因における私の身の潔白は、明朝にも証明されましょう」


 朝には、ニュースがある。死者を出したバスの事故が、取り上げられないはずがない。


 警察か病院か、詳しくはないけれど、いずれにしろ正式なルートからの連絡が入るだろう。最早、僕にとっては再確認でしかない、両親の死を伝える連絡が。


 僕の両親は、死んだ。


 あまり家にも帰ってこない、一人息子に顔も見せない人たちだったけれど、僕は好きだった。


 もう、父さんと母さんには会えない。


 声を聞くことも、僕を抱き締める体温を感じることも、もうない。


 わかっていたのに。そのはずなのに。



「うあ……ぁ……ぁぁぁあああ……!!!!」



 僕は泣いた。おもちゃをごねる子供のように、人目もはばからず。


 前村さんは、無言で、無表情で、そこにただ佇んでいた。


 雨が地面を叩く。


 僕の泣き声はその音にかき消され、涙は雨粒に紛れていく。


 空だけが、僕と一緒に泣いてくれていた。

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