第一章 -邂逅- ①

 太陽が西の空に沈む時刻を街角のスクリーンで確認し、改めて季節の移り変わりを実感する。


 紅く染まった空に、自然と哀愁を感じながら、僕はやっぱり日本人なんだなぁと、そんなことを思った。


 あの理科教諭も、空が青い理由より紅くなる理由を語ってくれれば、少なくとも僕は興味をそそられていただろうに。


「なあ、タカ」


 腕を頭の後ろで組み、僕と同じように空を見上げながら、ヒロが僕の名前を呼んだ。


 ヒロとは家が近く、放課後は毎日一緒に帰ることが当たり前となっている。付き合いは小学三年生以来だから、かれこれ六年間続く日常だ。


「ん、何?」


「お前ん家の親が帰ってくるのって今日だよな?」


 それは、質問を投げかける行為というよりは、確認作業と取れた。


 僕の両親は、海外で仕事をすることが多い。


 とはいえ、どんな仕事をしているのか尋ねても、国際協力という漠然とした答えが帰ってくるばかりで、僕はいつしかその答えを知ることを諦めていた。


 あの人たちは不定期に日本に帰ってくるけれど、東京に拠点を用意しているため、なかなかこっちには帰ってこない。


 可愛い一人息子を放置してそんな生活ができるのは、客観的にも主観的にも正直酷い親だと思う。


「うん、そうだよ」


 それでも僕が父さんと母さんを憎めないのは、たまに帰ってきた時の嬉しそうな笑顔と、抱きしめるという年齢的にはちょっと恥ずかしい行為が、思いの外嬉しいからだろう。


 僕は親に愛されていると、臆面もなく胸を張って宣言出来ることは、自慢して良いことの一つだと思う。


「でもどうしたのさ、急に」


「いや、実はさ、今朝お袋と大喧嘩しちまってさ。もし俺の勘違いだったら今日は泊めてもらおうかと思って」


「あてが外れて残念だったね……と言いたいところだけれど、まぁ、父さんたちが帰ってくるの朝方だし、別にいいよ」


「マジで!? チョー助かる!」


 ヒロが僕の手を掴んで(握ってとは表現したくない)、ぶんぶんと振る。


 日没までには少しばかり猶予を残した午後七時。辺りの民家の電気は付いていて、おいしそうな家庭の匂いが漂ってくる一方で、道を歩く車や人の波は、まだ引ききっていない。


 嘆息。


 ご近所でおかしな噂が流れないことを、切に願うばかりである。




──

 家に帰りつき食事の準備も終わるころには、窓の外は陽も落ち切り、時間的にも体感的にも夜になっていた。


 あかね色に染まっていた空はいつしか厚い雲に覆われ、雨はまだ降っていないようだけれど、遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえる。


 僕はキッチンの冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、コップと一緒に抱えてリビングへと向かった。


「かーっ、相変わらずタカの作る飯はうめぇなぁ!」


 そこでは、ヒロが僕の作った豚丼を口の中にかきこんでいた。


「おいしいって言ってもらえるのはもちろん嬉しいんだけれど、豚肉と玉ねぎをめんつゆで煮ただけの手抜き料理をそこまで褒められても、あまり素直に喜べないな」


 プチ一人暮らし状態における家事スキルの経験値が、楽をすることへ重点配分された結果だし。


「いいじゃねえか、うまいんだから」


 そう言って、ヒロは豚丼をたいらげ、おかわりまでしたあげくにデザートまで要求し、ようやく満足した様子を見せた。

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