序章 ー日常ー ②

「なんとかして女子部員を獲得する方法はないものだろうか……」


「あと一年も男だけで部活なんて耐えられない!」


 たしかに僕もそれだけは勘弁願いたいものだった。


 さすがにキャッキャウフフでムニムニウフフな学校生活を夢見ているとまでは言わないけれど、それでも生活に華を求めるのは、男として当然そうあるべきだと思う。


 というか、境界線で幾度となく体験した恋愛というものを、いい加減に生身の僕自身もリアル体験してみたい!


「誰か入部してくんねぇかなぁー」


「漫画とかラノベだと、こんな話をしていたら、急にガラッと部室のドアが開いてすごく可愛い女の子が入部希望で入ってくるものだけどねぇー」


 ヤスが、そんなことを言い出した。


「ああ。あるね、あるある。そんでもって主人公がつまづいてその女の子の胸にダイブして、数回胸揉むのになぜか嫌われたりはしないんだよな」


 ヒロが羨ましそうによくあるお約束展開について言及した。漫画やラノベに親しくない人には信じられないかもしれないけれど、本当にあるある展開なのだ。


 ヤスもヒロに同調してまた羨ましそうに、


「それどころか、それまで女っ気がまったくなかったのに、瞬く間に学校中の美女たちを惚れさせるんだよね。しかも『そんなんで?』って思わず突っ込みたくなるような理由のオンパレードで」


「そうそう。しかもそんな主人公に限って、不幸って設定ついてたりするんだよな」


「あーたしかに。後々バトル展開になって、最後にはタイミング良く新しい力とかに目覚めたりするくせにな」


「あーあるある。いわゆるご都合主義ってやつだよね」



「ご都合主義、ね」



 ヒロとヤスの会話を黙って聞いていた僕は、そこでつい口を挟んでしまった。


 どうしても、聞き逃すことができなかったのだ。


 本を愛し、物語に心酔する僕が、どうしても好きになれないこと。

 それが、ご都合主義だ。


 ご都合主義。曖昧な伏線や後付け設定を根拠に、強引に作者の都合のよい場面を展開させる手法である。


 上手く使えば物語をスムーズに進行したり盛り上げることもできるけれど、安易に頼れば読者の心を一瞬で冷ましてしまうものだ。


 僕が許せないのは当然後者のパターンであり、しかし前者のパターンでご都合主義が上手に使われる作品は、当然ジャンルにもよるけれど、比較的少ない。


 僕にとって、物語とは世界であり人生だ。それぞれの世界観に沿った現実を生きている最中に、突然非現実的な幸運で強引に話を締め括られてはたまったものじゃない。


 だから僕は、ご都合主義は嫌いだ。



「タカは頭かってぇなぁ。いいじゃん、どんな理屈並べたって、フィクションはフィクションなんだしよ」


 ヒロがそんなことを言った。


「それでも嫌なものは嫌なんだよ。こういうのは、何て言うか理屈じゃないんだよ」


 生理的に無理、に近い。

 女子に言われたくない言葉ナンバーワンだ。


「そっか。でもさ、たしかにご都合主義を忌避する気持ちはわかるんだけど、俺は夢があるって感じるかな」


 ヤスがあごに指を乗せ、小首を傾げながら言う。


「もしかしたら、こんな物語みたいなことが起きるんじゃないかなってさ」


「と言うと?」


「だから、入部希望の女子生徒がいますぐドアを開けて入ってくるんじゃないか、とか」


「はは、まさか……」


 そんなことあるはずない、とまさに言おうとしたその時。


 ガラッ、と。準備室のドアがノックもなく突然開いた。


 思わず立ち上がる、なんだかんだ言っても思春期真っ只中な男子高校生三人。


 扉の向こうからやってきたのは……。



「ほれ、下校時刻だぞ。さっさと帰らんか」



 名ばかり顧問の理科教諭だった。


「はは。ま、そんなことだと思ったよ」


 現実はどこまで行っても現実。

 そんな都合のよいことなんて、起こりっこないのだ。



 ──そう。


 現実は、どこまでも現実。


 そんな当たり前の事実が時に見せる冷酷さを、その時の僕は知る由もなかったのだった。


 初めに言っておくことにしよう。


 淡々と、告げておくことにしよう。


 この物語の結末は、僕にとって、ひどくやるせなさを感じざるを得ないものであったのだという、動かしようも変えようもない、たった一つの真実を。

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