第2話 一人で三人の巻
両手の指が乳に触れようとするその瞬間。
「お二人とも、私を助けるつもりはないのですね」
ステラは自分の胸にそう語りかける。
「この程度の困難、お主なら簡単に乗り越えられるじゃろ」
「ふん。貴様となれ合うつもりはない」
「ハァー。そうですか」
二人は同居人であっても、仲間ではない。そのことは理解している。
剣は棄ててしまったが、体術には自信もある。得意と言えないものの魔法も使える。最良の戦術は何かと思考を巡らす。
「あの男間抜けは間抜けじゃが、魔法の使い手であることを忘れるでないぞ。肉体を一時的に強化しているようじゃ」
「それに気付かないほど、ステラさんはお間抜けじゃありませんよねぇ」
「はいはい」
少女を締め付けているのは緊張だけが理由じゃない。有り余る力をコントロールしきれていないのだ。
下手をすればその力だけで少女を殺すこともできてしまう。慎重にならざるを得ない。
ステラは両手をぴたりと自分の胸につけると、そのまま前かがみの姿勢を取る。
男の視線も下へと向けられる。
手を離すと重力に引かれるまま、下へと伸びる2つのおっぱい。
「からのー」。
今度はステラは勢いよくエビ反りの姿勢をとる。
勢いよく放物線を描く胸の軌道を、男は追う。
次は、直立の姿勢からぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。
たわわなソレは、激しく揺さぶられ縦横無尽に動き回る。
その一挙手一投足を男と、後ろの騎士たちが見守っていた。
「かかったな!【フレア/閃光】」
ステラの手からまばゆい光が放たれる。
それも男の目には突然、白一色の世界に放り込まれたようにしか見えないことだろう。涙があふれる強烈な痛みのおまけつきで。
ステラは男の両腕を掴み、少女の拘束を解く。
抵抗する男の腕力はすさまじいモノだったが、白兵戦に関しては素人だった。
少しバランスを崩してやると、自慢の怪力も無用の長物だ。
ステラは、金属に覆われた頭を1度、2度と男の額に叩き付け、とどめに股間に向かってケリを放った。
そのまま仰向けに倒れこむ男。
ステラはすぐさま、おびえ切って動けない少女を助け上げる。
「もう大丈夫だよ」
との声も、その兜によってかき消された。
ステラの視線の外で、男はむくりと起き上がる。その目は怒りに燃え、充血し野獣のごときだ。
「こやつ、痛覚を遮断しておるな」
男は、ナイフを拾い上げると背後からステラに襲い掛かる。
「【ディスペル・マジック/魔法解除】」
ステラは悠然と、振り返ることもなく片手を男のほうに向け、魔力の波動を放った。
「むぐぅごわぁぁぁぁぁぁあぁ」
男は、ナイフを投げ落とし両手で股間を抑えたまま、その場に座り込んでしまう。
悲痛の叫び声がこだまする。
「この兜。呪文の詠唱も外に聞こえないから便利ですよねぇ」
通常呪文の発動には詠唱が必要だ。しかし、この兜はその詠唱さえ外には伝えない。
乳に集中していた男には飛び跳ねるステラの口の動きまで注意を払うことができなかったのだ。
「痛覚を戻したか。随分とお優しいことじゃの」
「最初から即死魔法を使えばよろしいのに。それにしてもなんですの! 私たちをぶんぶんと振り回して。気分が最悪ですわ」
「もちろん。ただの嫌がらせだよ」
仲間ではなくても、助けてくれたっていいではないか。隣人なのに。
「もう大丈夫だよ」
ステラは泣きじゃくる女の子の頭を優しくなでた。
次の瞬間、キャンキャンと甲高い犬の鳴き声が近づいてきた。
ペンドラゴンはすっかり元気を取り戻していた。
「ジャンヌ様……」
左胸が少しだけあったかくなったのを感じた。
処女神ジャンヌがペンドラゴンに【ヒール/治癒】の魔法を掛けていたのだ。
「キュベレーも……」
右胸がチクチクと痛む。
悶絶していた男が輝く魔法の縄で全身を縛られているのが見えた。
そのまま抵抗もできず、騎士たちに捕えられる。
邪神キュベレー。彼女との付き合いももう8年になる。
彼女とは今でも敵同士、のはずだがそれなりに上手くやっている。
狂える魔女。破滅の邪神と呼ばれた彼女だが、その本質は理想主義者なのだった。世界をよくしたい、その思いは同じで、ただその手段を選ばないというだけ。
彼女を力で滅ぼすのでなく、その気持ちを変えてみたい。
ステラにはそんな希望もあった。
ステラは、騎士たちを一瞥すると、その場を去ろうとする。
国に仕える騎士と、主を持たない漆黒の騎士。決して敵対する関係ではないが、それでも根無し草の放浪者を快く思わないものも多い。
報酬を要求できるだろうが、少女を助けたいという気持ちで動いただけだ。
無粋なことはしたくない。
騎士も礼を言うでもなくステラを黙って見送る。背筋を正し、直立する姿からステラに対する敬意は感じ取られた。しかし、一方で関わりたくないという判断もあるのだろう。
「いや、このこの期に及んで、あの人たち胸見てますよ。男って最低ですよ」
「そんなこと言ってると嫁の貰い手が無くなるぞ」
「潔癖症はね、辛いわよ。人の間で生きていくのが。汚れたと感じたとき、分かるわ。」
「おっぱいじゃなくて人格を見てくれる素敵な王子様が見つかりますよー、そのうち。今はそういう状況じゃないですしー」
いつもどおり誰にも聞こえない独り言を言いながら、街を去ろうとするステラの下に少女が駆け寄ってくる。
すっかり元気を取り戻したようで、元気いっぱいの笑顔を見せつけてくれる。
「ありがとうお姉ちゃん」
返事をしようとするが、兜の魔力がそれを遮る。
ステラは周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、ゆっくりと兜を脱いだ。
「とても偉かったよ。お名前、教えてくる」
「私はリリー。私、お姉ちゃんみたいになるね!」
「そう、嬉しいな」
「うん。お父ちゃんが言ってたんだ。おっぱいの大きい女に悪い奴はいねぇって。お父ちゃんはいつも馬鹿なことばっかり言ってるけど、本当だったんだね!」
「お、おっぱいは関係ないと思うよ……」
ステラはできる限りの笑顔とともにリリーに別れを告げると、再び兜にその顔を隠し街を去って行った。
「……ばっか見てんじゃねぇぞ……」
ステラの旅は続く。
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