神の左パイ 悪魔の右パイ ~呪われし女騎士の放浪記~

まめたろう

第1話 揺れる胸 呪われし旅路の巻



 一人の聖女にまつわる伝承がある。

 はるか西の果ての地に、邪神が降臨した。

 邪神は人心を惑わし、悪の軍団を率い人間の土地を次々と奪っていった。

 最後の希望は聖なる騎士団だった。

 邪神の下にたどり着いたとき、200名いた団員はわずか1割にまで減っていた。

 邪神の力は強大で戦いは熾烈を極めた。もはやこれまでかと彼らが諦めかけたとき、聖女にして騎士である一人の乙女の祈りが処女神ジャンヌに届いた。聖女はその肉体に邪神を封印し、その存在が浄化されるまでの間、長き眠りについたのだという。

 また別の伝承では、この乙女は邪神の呪いを受け今も世界を彷徨っているのだという。左右非対称の不気味な兜にその美貌は奪われ、声を発することさえ許されないのだと。


                    ◇


「こら~ペンドラゴン。待て、待つんだよー」


町の広場で8歳くらいの女の子が愛犬を追いかけて走り回っている。

微笑ましい姿だ。

 この平和を守るためだったのだとすれば、自分の払った犠牲など取るに足らないものだ。ステラ・テルミドールは、確信する。

 あれからもう8年になるだろうか。ちょうどあの女の子が生まれたころかもしれない。

 今のステラは全身に真っ黒な鎧まとっている。これは所属する国を持たない流浪の騎士であることを意味している。かつて所属した聖三矢騎士団からは、今では追われる立場にある。

 こうした日常の光景に、自分がした決断が間違いでなかったと教えられることは実にありがたかった。


「きゃーーーーー」


 少女の恐怖に満ちた叫び声が響き渡る。

 裏路地から広場に駆け込んできた怪しげな男が、先ほどの少女を抱きかかえ、その首にナイフを突きつけていた。

 わずかに遅れて数名の騎士が広場に駆けつける。


「てめぇら。武器を捨てろ。このガキを殺すぞ」


 獣の骨で作った怪しげなアクセサリで全身を飾る男。おそらく呪術師だ。

 騎士たちはおそらく彼を捕えようと追い回していたのだろう。

 広場に逃げられ少女が人質になったのは完全に彼らの失策だ。

 ステラは深いため息をついた。


 ステラは男と騎士たちの間に割って入り、腰に下げた剣を鞘ごと地面に放り出す。

 その仕草を見て、ほかの騎士も習う。


「まぁ、こうしないと騎士たちが暴走して女の子に怪我でもさせてたら困るからね」


 ステラはつぶやくがその声が伝わることはなかった。


「なんだ。てめぇ。女の騎士か」


 ステラが女であることは兜から延びる美しい金色の髪から明らかだ。

 突然現れた女騎士に他の騎士たちが従ったのは、その異様な風貌に気圧されたからだ。

 顔の上半分をすっぽり覆う、左右非対称の不気味な意匠に飾られた兜。それが彼女の美しい黄金の髪と不思議な均衡を保っている。

 そしてもう一つ。本来は鎧によって守られているはずの胸甲が外され、インナーウェアに包まれたHカップの巨乳がはち切れんばかりのはちきれんばかりの勢いで飛び出しているのだ。


「でかい乳をさらけ出しやがって、この変態騎士が!」


 男の視線はある一点に集中していた。


「男って乳にしか興味ないのですかね。後ろの騎士たちも私のおっぱいガン見してるんですけど、頭おかしいでしょ。状況分かってますか」


 やはりステラの声が誰か伝わることはない。この兜の持つ魔力の一つだ。


 男に掴まれた少女の顔に苦悶が浮かぶ。男の腕に必要以上の力がこもっているようだった。

 愛犬ペンドラゴンが男に向かって吠えかかると、男は勢いよくその腹を蹴飛ばす。

 大きく後方にとんだ犬はうずくまったまま動かない。


「ああ、ワンちゃんになんて非道ことを。絶対許さないですよ」


「黙ったままで、何もしゃべらないのか。俺は邪神様に使える求道者。獣骨のマンザ様よ。貴様ら騎士を邪神様の生贄にしてやる」


 下卑た笑いを浮かべる・


「あのう。あの人、邪神様関係の人っぽいですが、責任とって処理してもらえますか」


「誰が邪神ですか。自分が崇める神を邪神呼ばわりとか頭がおかしいんじゃないですか、あの人。邪なのはこの世界の方でしょう。世界に革命を、さらなる革命をもたらすのが私の役割なのです。あの男に私の崇高な理想が理解できているとは思えません」


その声はステラにだけ聞こえるものだった。わずかにステラの右胸が揺れる。


「まぁ出来が悪いのは分かるが、それでもお前のファンじゃろ。自分のファンの面倒くらい見てはどうじゃ」


 もう一人の声もまたステラにだけ聞こえる。わずかにステラの左胸が揺れる。


「ゆっくり近づいてこい。怪しい真似しやがったら、このガキを殺すぞ」


 それでも男の視線は胸元から離れようとしない。舌なめずりをしだしたぞ。


「いやいや、もしかしておっぱい揉む気ですか。そういう状況ではないと思うのですよ」


「乳くらい揉ませてやればいいのじゃよ」


「揉まれるなら左胸にしなさい。私は嫌です。」


「いやいやいや、よく考えたら片手で女のこ捕まえながら、反対の手にナイフを持って、乳が揉めるわけないですよね。何考えてるんでしょう」


 ステラは男の指示に従い、一歩づつ距離を詰める。


「そこで止まれ」


 男はギリギリ間合いの外になる距離でステラを制止した。

 ステラは両手を上にあげ、抵抗するつもりがないことを示す。


「なんだったら、私が代わりに人質になってもいいですけど……」


 そう考えはしたが、男が提案を呑むとは思えない。

 男の視線はステラの両の胸にぴったりと張り付いていて、男の求めるものがそれであることは明らかだ。

 もちろん進んで揉まれたいとは思わないが、そこに隙が生まれるのであれば少女を救う機会として利用するだけだ。


「揉め」


 男の要求は予想外のものだった。


「自分で揉め。わしづかみだ。がばっと、ぎゅぎゅっと」


「へ、へ、へ、変態だぁ」


 ステラの頭に一気に血が上る。


「ステラよ。着衣のままか、インナーを脱ぐのか確認するのじゃ」


 左胸が揺れる。


「左胸ならいくら揉まれても私は結構ですけど。」


 右胸が揺れる。


「いや、自分で自分の胸を揉めって、なんですか。なんですか」


「そんなに動揺するようなことかのう。男の要求としては至極真っ当だと思うぞ」


左胸が揺れる。


「ステラもいつまでも生娘ぶってるんじゃないですわ。乳くらいで騒ぐ歳ですか」


 右胸が揺れる。肉体の成長は止まっているので永遠の17歳なのだが。


 自分の胸とおしゃべりしていても事態は好転しない。ステラはゆっりと両手を下げ、自分の胸へと近づけていく。

 男の視線はもはや釘付けだった。


「よし、この隙をついて彼らが動いてくれれば!」


 ステラは密かに後ろにいた騎士たちの気配を探る。

 騎士たちはもちろん―――ステラのおっぱいに釘付けだ!


「あなた達はいいったい何をやってるんですか!」


 しかし、その怒りの声も伝わらない。

 ステラはとうとう諦めてその手を自らの胸にあてる。

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