第47話 窓辺
ガドルフ爺さんは、
何かを確かめるというには、ほんの少し、力強いたたき方だった。
おもわず力が入ってしまったというよりは、何かを励ますような仕草に見えた。
気持ちに勢いをつけるための、
「よし、あとはこれを
爺さんは、背負い鞄に向かってそうつぶやくと、わたし達を振り向いた。
「仕掛けるって風車のとこにか?」
「ん? 仕掛けるなんて言うとったか? ーーまあそんなとこじゃな。まあ、ここからは仕事の話はもうなしじゃ、広場に繰り出して祭りの支度でも見てみようじゃないか」
爺さんはわたしとチェリの背中を両手で押すようにしながら、事務室から追い立てた。
階段に向かう途中、廊下の開け放した窓から、どこかで演奏している音楽が聞こえてきた。
街のざわめきを乗りこえて、笛の音がはるか上空のつめたい空まで昇るように高く響き、それを見送るように弦楽がどこまでも広がっていく。
その音楽を聞きながら歩みを進めると、廊下が普段よりひとまわり大きくなったように感じられ、窓からやわらかく手を差し伸べる日差しが、わたしを包み込んでくれるような気がした。
廊下の窓辺に寄って、見下ろして見たけれど、はっきりと音は聞こえてくるのに、演奏している楽師たちの姿はここからは見えなかった。
通りや、広場ではなく、どこか建物の中で演奏しているのかもしれなかった。
おそらくは四、五人程の合奏だと思うのだが、今まで聞いたどんな演奏よりも巧みなもので、ノルクナイの住人ではなく、ギルドか組合がどこかからちゃんとした楽師を呼んできたのだろうと思われた。
「うまいもんじゃなあ」
いつの間にか隣に爺さんとチェリも並んで、どこからか届いてくる音楽に耳をすませていた。
「なにやら、なつかしい気持ちになってくるのう、前にもこんな音楽を聞いたことがあるような気がするわい」
爺さんははるか昔の日を思い出すように考え込み、つぶやいた。
「へえ、どこで」
「どこじゃったかなあ、はっきりとは思いだせんが、あの時は、とっくに死んだはずのばあさんが花畑の向こうで手をふっていたのだけは確かに覚えておる」
「いや、じいさん、それ死にかけてるよ、何があったんだよ」
わたしが背中をばんばん叩くのを気にとめず、考え込むようにして爺さんは言った。
「そのとき、どこからか聞いたことのない音楽が聞こえて来てなあ、何と深く、美しい旋律だったことか。ああ、わしはもっとこの音楽を聴いていたい、それだけがわしの望んでいることだと、そのとき深く確信したんじゃ」
「はあ」
爺さんは、窓の下の石畳に注ぐ陽だまりを覗き込むようにしていたが、ひょっとしたらもっと深い所に見入っているのかも知れない、とわたしは感じた。
「と、思ったところで目が覚めたんじゃ」
「ただの夢かよ」
「つい今朝のことだったのに、まるで遠い昔のことのようじゃのう」
「今朝のことかよ」
爺さんは、目を細めて、柔らかな日差しを楽しむかのような表情を見せた。あるいは、ただまぶしいだけのことだったのかもしれないけれど。
わたしは、爺さんの顔をじいっと横目で見て、このジジイ、本当のことを言っているのは半分だけだな、と直感的に悟ったのだが、普段からそうだったような気もするし、どう突っ込めばいいか、とっさにはわからなかった。
ただ、気の抜けた声をもらすだけだった。
「にゃー」
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