第46話 渡された物



 「じゃあ、けっこう由緒ゆいしょのある風習だったんだ?」


 「まあ、古い風習なんぞどうでもいいさ。立派な建物が残っていても、誰も住んでいなければ、それは廃墟はいきょでしかないのといっしょじゃな」


 爺さんは壁にけてあった背負せおかばんを取り外しながら言った。


 「オルタよ、道化プルチネルラの衣装を着たなら、道化プルチネルラになりきればいいんじゃよ」


 爺さんは鞄を机の上に置くと、留め金を外して、中に入っている道具箱らしきものを取り出して、机の脇の引き出しに収めた。


 引き出しにはそれ以上のものは入るすきまがないらしくて、そのほかに取り出した細々こまごましたものは、机の上に並べていった。

 何かの本、巻尺、手帳、水筒といったものだ。


 あるいは、弁当べんとうの包み紙のような砂色のくしゃくしゃの紙だとか。

 ただ、片隅かたすみに書類の山ができていた机の上には、それほど物を置ける場所がもともとなかった。


 「道化になりきるってどういうことさ」


 「そんなものは、自分で考えることじゃ」


 置き場所の無くなった机の上に目をさまよわせていたじいさんは、わたしに、手にしていた紙くずをそっと渡しながら言った。

 まるで贈り物か手紙でも渡すように。


 「あの、そこんとこ、もうちょっと具体的に。あとごみは自分でかたしてよ」


 「オルタ、お前ちょっと鞄の明け口広げておいてくれ」


 わたしの抗議を無視して爺さんは鞄をわたしに押し付けてくる。

 わたしは紙くずをいったんふところ仕舞しまい込むと、しかたなく鞄を受け取って爺さんの言うとおりにした。


 「具体的に何をすればいいかはわしにもわからん。ただ言えることは」


 爺さんは、机の上にあった、白い箱を持ちあげ、慎重に鞄の中にしまいみながら言った。


 「昨日までのことは忘れてしまえ。明日の計画なんて立てるな。こうするべき、とか、ああしなきゃいけないなんて考えようともするな」


 「なるほど、わからん」


 そうつぶやくわたしの横にチェリが並んで爺さんを見上げた。


 「それって、いつもどおりのオルタ兄ってこと?」


 なん……ですと。チェリザーロさん?

 つまりわたしを普段から道化と?


 「そうそう、そっちのお嬢さんのほうがよくわかっているじゃないか」


 爺さんはうなずきながら言った。


 「あとは、おまえ自身、いつものオルタの頭で考えりゃいいことじゃ」


 「にゃー」としか答えようがなかった。




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