第44話 商人たち



 集まってきた商人たちが、大量に衣装を買い取ってくれたので、ボビーが戻ってきた時には、荷車から道化プルチネルラの服はあらかた消えていて、木箱に一箱ぶんだけが忘れられたように荷台に乗っているだけだった。


 群がる商人を相手取り、師匠が代金の受け渡しを受け持ち、わたしとチェリで協力して、商品の受け渡しをしてしのいだのだが、短い時間だったとはいえ、その分集中して対応が重なったため、商人たちが去った後は、その反動でわたしはしばらく呆けたように立ち尽くすだけだった。


 衛兵の詰め所から戻ってきたボビーも、荷車がほとんど空になっているのを見てぎょっとしているところに、ボビーの活躍を見た商人が、われもわれもと買い付けていったとかなんとか師匠から適当な説明をうけて、はたから見ても何ともせない、という顔つきで、師匠から代金の入った袋を受け取っていた。


 代金の詰まった袋の重さを確かめつつも、頭のほうは、あらぬ方向の風向きでも確かめているように、一瞬上空をぼんやり見つめる様子をしていたけれど、すぐに気を取り直して荷車と袋の中身を確認すると、手間賃ををわたしたちに渡してくれた。


 「これなら、残りは、わたし一人で売りきってしまえそうですね」


 そうボビーは言ったけれど、チェリに街を案内したいということもあったので、そのことを説明して、行商に一緒に連れて行ってもらえるように改めて頼んだ。

 チェリとボビーが御者台に並んで座り、わたしは荷車の荷台に乗って出発した。


 「お祭り用に、衣装はいかがー? 楽しい楽しい道化だよー」


 とか、そんなことをわたしがわめきながら、大通りに沿ってゆっくり荷車を進めていくと、ときどき興味を持った人が手を振って合図して来るので、荷車を止めてわたしが荷台の上で見本を広げたり、お客さんに品物を手に取って確かめてもらう。


 そのまま買ってもらえる時もあるし、品物を返されるときもある。

 それでも荷台の上で衣装を広げていれば、それを見かけて、別の客が自然と寄ってきてくれるのだ。


 荷台いっぱいの商品だったら、ちょっと先行き不安になるような売れ具合でしかなかったけれど、今の在庫なら十分に売り切れそうな集まり具合であり、大通りに沿って街を一周して打っていく予定が、半分も行かないうちに、残っていた衣装は完売した。


 ボビーも今日の所は、他にする事もなくなったというので、そのまま通りに沿ってぐるっと街を周ってチェリと一緒にノルクナイの街並まちなみを見物することになった。


 色とりどりの旗が風になびき、行き交う人や、集まって楽しそうに何か言い合っている人たちで街並みはにぎわっている。

 ノルクナイの街の外から見物に来ている人も増えているようだ。


 通りを渡ってあちこちに張り巡らされているひもには、飾りランプがあちこちに取り付けはじめられていて、まだはともされていないものの、なんとなく街中まちなかがきらびやかになったような気にさせられた。

 そんな気になったのは、もちろんその他の飾りも徐々に取り付けられ、完成しつつあったということもあるのだろう。


 ひととき雲に隠されていたお日さまが、ふたたび午後の光で街を包み始め、建物の間をすり抜けてくる日差しが、影と陽だまりを街路の上に作りだし、街並みの輪郭りんかくを一段濃くえがき出す。


 陽だまりのひとつで、荷台に花籠はなかごを満載した荷車が道のすみに停まっていた。

 どこから集めてきたのか、というくらい、色とりどりの花が陽だまりの中で光るように照らし出され、揺れていた。


 その脇を通りすぎるとき、植木屋の酒樽さかだる親父が台に乗って仕事をしている様子が見えた。

 軒先のきさきに吊るされている花籠を新しいものに交換しているところのようだった。

 荷車の脇で荷台の方をのぞき込んでいたグリシーナが、こちらに気付いて、ぱっと振り返ると、通りの向こうに見えなくなるまで、こっちをガン見し続けていたように思えたが、気のせいだと思うことにした。


 ひとまわりして、ギルドの近くまで来たところで、荷車を降ろしてもらって、チェリとわたしは、ボビーと分かれた。


 中央広場へ向かう路地で、ひとりの男とすれ違った。


 上下を白の服で固めた、道化プルチネルラの衣装を着けた男だ。

 顔は目元を隠す仮面でわからない。

 道化は気楽な様子でわたしたちに片手を上げて挨拶あいさつすると、綱渡りでもしているような足取りで角を曲がって消えていった。


 「あれって」


 チェリが指差しながらわたしを見上げる。


 「まあ、そうだろうな」


 まず、わたしたちの売った衣装だろう。気の早い奴ってのはどこにでもいるものだ。わたしらみたいにね。


 われわれ二人組の道化は、もうひとりの道化が消えて行った曲がり角を、しばしの間ガン見していたのだった。



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