第42話 ほほえみの意味



 「物盗ものとり、というかひったくりのようですね」


 ボビーが、足元あしもとわめいている男を無視してわたしに説明してくれたが、その視線は師匠の方をいぶかしげにじっと見つめたままだった。


 「ボビーがつかまえたの?」


 わたしの横に並んだチェリが聞いた。


 「捕まえた、というか、ぶつかったというか。ドロボー、とか叫ぶ声が聞こえて、何やら路地の方が騒がしいな、と思ったら、この男が突然飛び出してきたんです。わたしは、てっきりお師匠さんにぶつかるかと思ったんですが」


 「ん?師匠」


 わたしもボビーの視線を追って師匠のほうを見た。

 極上の笑顔だった。しかもあまり見ない種類の。

 ここにきてまた師匠の笑顔の種類が増えただと……。


 「ぶつかると思った瞬間、お師匠さんの姿がさっと幻のようにぶれて、直後にわたしの背中と胸にほぼ同時にどーんという衝撃を感じたんです。実際に『どーん』と叫ぶお師匠さんの声も後ろで聞こえたような気もしますが、その後は何がなにやら、というのが正直なところです」


 ボビーが師匠をじっと見すえながら言った。


 「師匠?」


 チェリも首をこてん、と傾けて師匠の方を見る。なんか、かわいいな、それ。


 「ナニイッテルンデスカー、ボビーサンガトビダシテ、ヒッタクリヲツカマエタンデスヨー」


 相変わらずの笑顔で師匠は言った。ああわかった。これ「悪い」とか「黒い」の種類だわ。


 「イヤー、アザヤカデシタネー、カッコヨカッタナー」


 極上の黒い笑顔で師匠はボビーをめ上げている。


 「あの、もしかして師匠、ひったくりをよけた上でボビーの背中をどーんと」


 「何か言った?オルタ。よく聞こえなかったけど」


 言いかけていたわたしに、ぐりん、と首をまわして師匠がかぶせてきた。

 最大級の悪い笑顔だった。逆らってはいけない種類と等級だとわたしは即座に判断した。


 「ボビー、サスガダネー、カッコイー」


 なので、流されることにする。

 すばやく師匠から視線をはずし、さっとボビーのほうへ首を回して、褒めたたえた。

 何かすまん、ボビー。


 「かっこいい……」


 チェリだけが、本気で尊敬のまなざしをして、ボビーを見上げていた。

 チェリザーロ、この子はええ娘や。


 ところが、チェリだけではなく、裏通りのあちこちから似たようなまなざしがボビーのほうに向けられているようだった。


 ボビーはといえば、荷物を盗られた被害者らしいどこぞの娘さんから、熱心にお礼を言われていて、どちらかといえば、戸惑っているような様子で、お礼をされながらも、ちらちらと師匠の方を気にしている。


 完全に忘れ去られる形になっていた、ひったくりの男は、いつの間にか立たされて、両脇を衛兵に固められていた。


 娘さんのお礼がひととおり終わったのか、ボビーが衛兵のそばを離れ、わたし達のほうに戻ってきた。


 「これから、衛兵の詰所つめしょまで行って、ひととおり事情を話さないといけないようです。わたしだけ行けばいいようで、時間もそれほどかからないそうですが、何を話せば良いんでしょうね」


 あいまいな表情で、ちらちらと師匠の方に目をやりながらボビーが言った。


 「ボビーさん」


 師匠がボビーの肩を両手でがっちりとつかんだ。


 「わたしはそばで見ていました。あなたは路地から出てきたひったくりを見ると、とっさにとびだして体当たりでぶつかって、それはもうあざやかにぞくを倒してみせたんです」


 師匠はボビーに顔を近づけながらおど……、はげますように力強く熱心に話しかけた。

 すごく黒い笑顔だった。

 

 「はあ、そういうことにしておきますか。衛兵も支度したくが済んだようですし、これから詰所についていきますので、戻るまで待っていてもらえますか?」


 なんとなくせない様子を残しながらも、ボビーは衛兵たちがひったくりを連行していった後を追って姿を消した。




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