第39話 妹弟子の力はつよい


 


 太陽も高くのぼり、地上の影が身をかがめるように短く、色濃くなっていた。


 それが合図あいずというわけではないのだろうけれど、ノルクナイの街は、本格的にお祭りの前段階ぜんだんかいに入ったようだった。


 本番は明日あすからだから、いまだ何ひとつとしてそれらしき出来事は起きてはいないのだけれど、もうこの頃になると、あらかたの準備は終わらせている人が多くなっているようだった。


 通りを渡るひもにはまだ飾りランプは下げられていないけれど、沿道のそこかしこに荷車が停められて、荷台には木箱や、布でくるまれた荷物が、出番を控える役者達のように静かに収まっていた。あとは幕を上げるだけ。


 交差路に渡した紐にはまだ道をさえぎるための布は下げられてはいないけれど、あちこちの建物には、もう様々な色合いの布が前面に渡され、風にはためいていた。

 中には建物の前面いっぱいをおおうように広がっている大きなものもあった。


 それだけで、街の雰囲気はずいぶん変わって来ている。

 何かそわそわした気分が風の中ではためいているようだった。


 あの布きれ、普段は一体どこにしまっているんだろうね。


 準備を終えた人々の中には、手ぶらで仮面だけを付けて、街を歩いている人も多い。


 今のところそこにあるのは、倉庫から出して、箱の中に仕舞しまわれたまま置かれている道具だとか、組み立てられ、積み重ねられているものの、今はまだ布をかぶせられ、人目からは隠されている飾りつけ、といったものばかりだ。


 街の人々もまた隠された物たちがついにあらわれる時が来る事を知りながら、もうすぐという以外は確かな時期を示す言葉は持っていないのだった。


 まだ、お祭りは始まらない。王様が街に入ってくるのは、ずっと先のことだ。

 それでも街がこれからいっそう華やいでいくであろう予感はそこかしこに漂っているのだ。


 鮮やかな色合いの布がはためく建物の間を、真っ白い服で固めた道化を乗せて、荷車がゆっくり通り過ぎるのを、いっせいに見送る人々の目には、その予感の中のひとつとして、わたし達のことも見えていたのだろう。


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 「あなた達も、そこの事務所で衣装に着替えてしまいなさいな」


 ボビーが、知り合いの商人がいるという店の裏に荷車を停め、仕入れの報告だけしてくるというの見送った師匠が、さも名案を思いついたとでもいうような笑顔でわたしとチェリに言ってきた。


 チェリが御者台からがたっと立ち上がって、尻尾をぶんぶんふりはじめた。


 「え……、そりゃちょっとずうずうしいんじゃ」


 チェリを横目に、わたしは師匠に常識というものを悟らせようと試みた。

 ありゃ、チェリのやつ尻尾と耳がぺたんと垂れちまったよ。


 「かまいませんよ」


 わたしのすぐ横からボビーの声が聞こえた。チェリと師匠に気を取られて近づいていたのに気付かなかったようだ。


 「わあっと。ボ、ボビー。もう挨拶は終わったんか?」


 「本当に挨拶だけでしたので。--来る途中の話だと、ひとまずオルタとチェリザーロさんは残って街の見物をする予定なんでしょう? その前に着替えて、仮装用の衣装の売り出しを少し手伝ってもらえませんか?」


 「ああ、そういうことですか。おやすいご用ですけど、何をすればいいんです?」


 「まだ広場には出店は出せないようですから、宣伝がてら、衣装を着けて、荷車であたりを回ってみようと思います。広場の外側の通りをぐるっと回ったら、ほどほどの所で降りてもらっていいですから」


 再びチェリががたっと起き、尻尾をぴんと立ててボビーの前に飛び出した。


 「ボビー」


 「どうしました、チェリザーロさん」


 「チェリって呼んで。わたしも、ボビーって呼ぶから。そんなことより、すぐに仕事を始めたほうがいいと思うの。お祭りが始まるまでの時間はかぎられているもの」


 そういって店の裏口ボビーの手を引いてへずんずん歩いていく。


 というより、ボビーが引きずられていく。


 予想外の力に驚いて一瞬身をちぢめて踏ん張ったにも関わらず、そのままの姿勢で引っぱられてしまっていることにさらに驚いているようだった。


 なんか、「なっ、ぐぬぬ」とか言う言葉にならない声が聞こえてくる気がしたが、気にしないことにしてわたしもその後を追った。




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