第37話 プルチネルラ



 南の市街地に入って、わたしは南境みなみざかいの川に架かる橋を目指した。


 いつもより多くの人が通りに出ていて、街角は、楽しそうにもたれ合い、肩をたたきあって何かの話を続けている人たちでにぎわっていた。


 足早に、路地を通り抜けてきたので、街の様子は、なんとなくお祭りの飾り付けが進んでいる、という雰囲気だけしかつかめなかった。


 ときどき、空気の肌触はだざわりに、ほこりっぽいものを感じたけれど、街の賑わいによるものなのか、季節の変わり目で風向きが変わったせいなのか、わたしには判らなかった。


 建物のあいだに渡されたひもが、幾重いくえにも続いて街の空を区切り、そのため余計に空の青さがいつもより遠く、透明に見えていた。


 南境の川まで来ると、さすがに道を歩く人影はまばらとなり、地竜の引く荷車が時おり通り過ぎていく程度だ。


 荷車は、ほろをかけているものや、幌なしのもの、人が乗っていると思われる、しっかりとした造りの箱型のもの、いろいろな種類の車とすれ違ったが、すべて街道を南のほうからノルクナイの市街へと、橋を越えて向かっていた。


 この時期ばかりは、ノルクナイも外から来る人々で随分ずいぶんと賑わうのだ。


 たった今も、地竜ちりゅう二頭引きで、幌なしの荷車が、街道から橋を超えて来ようとしている。


 遠目にも、見るからに祭り見物にやってきましたよ、という見かけをした家族連れのようだ。

 地竜の手綱たづなを取る親父さんをはさんで、おかみさんと子供が、荷車の前の御者席ぎょしゃせきにならんで座っている。


 ごていねいに全員目元をおおう仮面着用済みである。


 子供の方はともかく、両親のほうはちょっと気が早すぎじゃないのだろうか。

 何より手綱を取る親父が上下とも真っ白な衣装でばっちり固めていて、頭の上まで白い帽子を被っているのが異様だ。


 両隣に座っている二人は、まだしも街で普段見かけるようなありふれた服装だったから、余計に親父の様子が目立っていた。


 まるっきりの道化である。


 お父さんとしては、お祭りにむけて、盛り上げていこうという気遣いなのかも知れないけれど、正直、まっしろお父さんがかなめとなって、何か関わりあいになりたくない種類の雰囲気をまとった一行にしか見えなくなっていた。


 それにしても、近づいて来るのをみると、ちょっとまた違った違和感のある一行いつっこうだ。


 真っ白親父はともかくとして、その隣のおかみさんらしき人は、なにげに背が高く、いやに耳がとがっているし、片側の子供のほうには獣耳ケモみみと尻尾がゆれているのが近づくとはっきりわかった。


 道をゆずる、という以上の距離を開けて道端から後ずさろうとしていたわたしの前で荷車が止まり、手綱を引き締めた御者が仮面を取った。


 「ボ、ボビーさん?」


 知り合いだった。


 「どうも」驚くわたしに、帽子をとってボビーが挨拶した。


 「オルタ兄っ」


 ボビーの挨拶に答える前に、御者台から飛び降りた子供がわたしのみぞおちに頭をぶつけてきた。


 「チェリか?」


 一瞬、体が浮き上がるような感じがして、気が遠くなりそうになったのを必死でとどまり、うまく抱きとめて、チェリの頭をなでてやる。


 わたしのみぞおちにほほをこすりつけて、尻尾をぶんぶん振っている分には大変かわいらしい妹弟子いもうとでしなのだが、こいつとはもう絶対に腕力勝負をしてはならないことが今のではっきりわかった。


 「ボ、ボビーさん、その衣装どうしたんですか?」


 わたしは動揺をうまく隠しつつ、さりげなく話題を振った。


 「知り合いから、お祭り用の商売の手伝いを頼まれまして、仮装用かそうように売り出す衣装を仕入れてきたんです。これしか種類はなかったんですが、ずいぶん安く手に入りましたよ」


 「はあ、何で今から着てるんです?」


 「まあ、着たときの見本というか宣伝ですね」


 「はあ、丸っきりの道化ですにゃあ」


 「声に出てるわよ、オルタ」


 向うにいるのはやはり師匠か。


 「これ、オルタの分、ボビーさんが安くしてくれたのよ」


 そういって師匠は、手に持った仮面を揺らして見せた。

 わたしも、あれをけるのか。


 「安かったから、全員分の衣装も買っちゃったわよ」


 あの真っしろ衣装も着なければならないのか。


 「お世話になってるから、おみやげに食堂のご主人とおかみさんにも一式買っておいたわ」


 アルさん達にも着せるつもりなのか。いや、むしろアルさんは仮面で顔を隠してもらったほうがいいのか。


 「でも、よく知ってたわね、オルタ」


 御者席は、もう一杯だったので、荷台の隅にわたしを引っぱり上げて師匠は言った。


 「何がですか」


 「この衣装、道化って言ったでしょう」


 「にゃ、みゃあそれくらいは知ってます。――知ってましたよ?」わたしは、遠く透明な青空に見とれるように視線をのばしつつ答えた。



 「道化――プルチネルラ、とも言うそうです」


 再び仮面を装着し終えたボビーが言うのにあわせて、なぜか三人で息を合わせて親指を立ててみせてきたのに、何となくイラっとした。




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