第36話 出迎え



 まだ祭りは始まっていないというのに、中央広場に入ると、かなりの人数であふれていた。


 まわりを建物で丸くかこまれながらも、さえぎるものなくひらけた視界には、見えるものすべてに一様いちように光があふれ注ぎ、大きな金魚鉢の中にでも入ったような気がした。


 みんな思い思いの方向へとゆらゆらと移動していて、何か手に持って運んでいるのか、それとも思案に暮れているのか、目的を持っているのか、ただなんとなくそこにいるものなのか、ちょっと見ただけではわからなかった。


 陶器のつぼを持って足早にわたしのかたわらを過ぎていった若い女から、かすかにちちみつの香りが漂ってきたように思ったが、焼けた肉の香ばしい匂いが、煙にのって路地から流れてくるのにまぎれてわからなくなった。


 広場の中は、祭りが始まるまでは、出店でみせのたぐいは出してはならないことになっているらしいのだが、商売っ気の強い商人が早くもそこかしこの広場に面した路地のはずれに屋台を出しており、そこから漂ってきたものらしかった。


 王様を迎えるために集まっているというよりは、竜が地の底から復活してきたとでもいったあいまいな噂だけを聞いて、どこからか逃げ集まってきた流民だと言われても、納得できるような気がした。


 何が起きようとしているのか、実のところ誰もわかっているものはいない。ただ、今は待つということ以外に、何もできることがない、そのことだけは、みんなが知り尽くしているのだ。


 集まっている人々の間をすり抜けて、王たちの彫像のある所を目指しながら、わたしはそんなことを考えていた。


 彫像は、すでに清められ、周りには気の早い者がそなえた花束が転々と石畳いしだたみの上に置かれていた。


 たぶん、祭りが始まる前に、一旦いったん回収されてしまうんじゃないかね。


 祭りを始めるときに、彫像の前で、偉い人が集まって王さまを迎える挨拶あいさつか儀式めいたことをしていたんじゃないかと思う。


 それが終わってから、みんな、石像の周りに花を置いていくのだ。そうして、やがて、彫像を中心に地は花できつめられるのだろう。


 しかし今のところは、ただ洗い清められた彫像だけが目の前にあり、水晶の王は、何もない空中に、ふたたび水晶か金魚鉢やらが現れるのを待ちかまえるように手を差し伸べつづけていた。


 その足元には、相変わらず、なんだかあいまいなかたちをした、けれど必ずそこに座っている動物の像も一緒に清められて付き従っている。


 わたしは、そこに「黒耳の子犬」の像があることを確かめると、再び人々のあいだをすり抜け、広場を横切って南側の路地へと抜けた。


 市街地を抜け、南境みなみざかいの川のあたりで、師匠と妹弟子を待つつもりなのだ。


 ノルクナイの水晶祭りを迎えるために。




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