第4章 俺たちの旅は、これからだ!

第34話 水晶祭



 外階段を下りて、「砦の食堂」が面している通りに出ると、わたしの目の前を仮面の一団が通り過ぎていくのに出会った。


 まあ、たぶんこのあたりの子供たちの集まりなのだろう。


 中にはわたしのよく知っている顔も混じっているのかもしれなかったが、なにぶん全員が目元をおおうような仮面をその顔に取り付けているので、誰が誰なのかはわからない。


 甲高かんだか歓声かんせいをあげて、市場のほうへ消えていったので、わたしには、ただその目元めもとおお色鮮いろあざやかな仮面の赤、緑、黒、白といったとりとめのない色彩だけが、子供らの通り過ぎた後も残り香のように空中を漂っているような印象が残った。


 なんとなく、話だけで聞いたことのある、色鮮いろあざやかな南国の鳥の群れを思い出させた。


 ひょっとすると本当にいろいろと色あざやかな羽根を持っていて、あんなふうに群れて飛んでいるのかもしれなかったが、もしそれがほんとうだったとしても、同じようにきゃいきゃいと甲高く歌い散らしているような鳥だったらいやだな。


 わたしはそんなことを思いながら、ぱたぱと浮き足立った一団が遠くなり、つるおおわれた緑の壁の向うに消えていくのを見送った。


 中央広場のあたりでは、そろそろ気の早い商人たちが、お祭りの飾りを壁に取り付け、飾り旗やランプを吊るす縄を通りに渡し始めている頃だろう。


 遠征えんせいから戻って、西の風車に爺さんがエレキ道具を新たに取り付けてから、もうひと月が過ぎようとしている。


 そしてノルクナイでは恒例こうれい水晶祭すいしょうまつりの時期が始まろうとしているのだった。


 名前からすれば、水晶の王にちなんだ由来があるはずだと思うし、お祭りの季節、いちばんにぎわっているのは、彫像のある中央広場なのは確かだ。


 像はきれいに洗われ、その前にはたくさんの花が供えられているけれど、何のためにそんなことをしているのかというと、皆の意見は一致しなかった。


 あるものはいにしえの王たちの偉業を記念するためと言い、あるものは竜とのいくさで命をおとした兵をとむらうために始まったのだと重々しく言い放ち、それにしては、あのばか騒ぎは不謹慎ではないですかね、というわたしに、祭りなんてそんなものさね。とつまらなそうに言うのだった。


 ガドルフ爺さんなら何か知ってるかと思って聞いてみたことがある。


 「ああ、あれだ、ほら、かつて北の地へと旅立った水晶の王の帰還を待つ人が、待ちきれなくなって、歓迎の準備を勝手に始めて、ついには街中を行進するようになってどんどん大きくなっていったってわしは聞いたがな」


 爺さんは手にした書類になにやら書きこんていた手をひと時止め、めんどくさそうに顔を上げるとうつろな声であらぬ方向をみあげながら答えた。


 「へえ、歓迎のパレードが元にゃのか。じゃあ仮面付けたりするのは?」


 「そりゃ、無礼講ぶれいこうでばか騒ぎするのにちょうどーー」


 「ん?」


 爺さんは、さっとすばやく目線を書類に戻した。


 「そうそう、たしかいにしえの風習で、身分の低いものでも、王と謁見するために、その顔を仮面で覆うことによって、その身分をひととき不問にするということにして、王の前に立つことができたというならわしがあったらしい。その後国が大きくなるにつれ、あえて平民が王の前に出ると言うことなど、考えられなくなってしまったが、高貴な方々がお出ましになる際の敬意を表すものとして、民の間には残っていたという。かつて王族が頻繁ひんばんに各地を見回って訪れていた頃は、歓迎の行進でひろく行われたこともあったらしいが、ここらあたりでは、もうノルクナイの水晶祭すいしょうまつりの間だけの行事として残っているだけのようだな」


 それだけいっきに言い切ると、爺さんはしっしつと猫を追い払うような仕草をした。まあ、猫なんだけどね。


 「わしゃ忙しいんじゃ、仕事の話じゃないんなら、あっちいけ」


 まあ、無礼講でばか騒ぎするためのものなんだろうにゃ。


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