第30話 遺跡の中へ



 壁をすり抜けてしまうと、あっけなく建物の中に入り込めてしまった。


 窓もついていないのに、あたりはほんのりとした青い光で満たされている。

 壁のそこかしこに、あわ燐光りんこうを放つ明かりがともっているのが見えた。


 炎とは違い、ゆらめくこともなく、一定の輝きを保った光だった。

 森の中よりもずっと明るく照らしだされているものの、その光は、なにかしら、空気をつめたく冷やしているような印象だった。


 部屋は円形の広間で、柱は部屋の中には見えない。

 上のほうまで吹き抜けになっている様子だったけれど、天井までは光が届いておらず、わたしたちの頭の上には薄闇がおおっていた。


 壁は飾り気のとぼしい、均一な石造りのもので、飾りといえば取り付けられているともしびぐらいなものだった。


 燐光を放つ、鉱石か結晶のようなものが、壁のあちこちに埋められている。

 結晶の配置は、出鱈目でたらめなようにも、何かの様式にしたがって、意味のあるように置かれているいるようにも見えた。


 もしかすると、何かの文字を模した配置なのかもしれないけれど、いまこの部屋を訪れたものたちの中で、その意味をることができる者は一人もいなかった。


 「おそい! オルタ」


 グリシーナが足をだんっと踏みならす音があたりに鳴り響いた。

 心なしか、いつもより控えめな音で部屋の中に響いた気が、ってかわたしの足を直撃したからじゃにゃいか。


 「足ぃー、足がぁー」


 「あら、ごめん。わざとよ」


 いつもどおりだった。


 「何やっとんじゃ、さっさといくぞ。あんまりこの中に長居はしたくないからな」


 「なんとなく、後ろめたいですね、他人の家に勝手に入っているようで」


 ガドルフ爺さんと、ボビーが広間の中央に立って、わたしたちを呼んだ。彼らの背後には、全員が横並びにならんでもまだ余裕のあるほど幅の広い階段が、地下へと伸びていた。


 グリシーナはさっとわたしに背を向けると、すばやく二人の下へ戻っていき、わたしも急いでその後を追った。


 階段は石造りの頑丈がんじょうなもので、地下深くまで続いているように見えたけれど、階段の壁には明かりがつけられておらず、先のほうは暗がりに隠れてうかがい知ることができない。


 「この階段を下りれば、わりとすぐに目的の場所じゃよ」


 そう気楽な調子でつぶやくと、爺さんは同じく気楽な様子で階段をおり始めた。


 「明かりとか用意しなくてもいいの?」


 「人が通ると、自然と明かりがともるんじゃ。どういう仕組みかは知らんがな」


 「まだ動く仕組みが、この建物に残っているということですね」


 ボビーがその後に落ち着いた調子で続いていく。

 わたしも、置いていかれないように後を追うことにする。


 「にゃあっ。だから尻尾を握っ」


 「黙れ」


 尻尾しっぽを思い切りぎゅつと握られたので、怒って振り向いたら、ものすげえ近くにグリシーナの顔があった。


 強い光を宿らせた、グリシーナの青い瞳が、わたしの眼前にせまっている。その瞳は有無を言わせぬ力をもっていた。


 付け加えていえば、むふうという強い鼻息もわたしの鼻にかかってきていたし、両方の手に握った尻尾に、さらにぎゅうと力が加わってきている。


 グリシーナの強い力の込もった青い瞳は、まわりの薄青い光を集めて綺麗に輝いて見えたし、鼻息の影でそっと吐き出されたため息は、かすかに甘く感じられたのだった。


 「もちょっと力抜いてくれ」


 それだけ言うと、わたしは階段を降りるため、向き直った。


 ちょうどそのとき、地下の奥から光が溢れ出し、階段の隅々までを照らし出していった。



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