第28話 案内者



 島の中まで地竜では入り込めないので、岸辺近くの草地で休ませることにして、わたし達は歩いて島の中心部を目指すことになった。


 「けっこう本物も混じってるみたいだけど、人が入れないほどの森ではないよな?」


 わたしが、びっしりと密集して生えているように見えるエーテル柱の群れを見回しながらガドルフ爺さんに声をかけると、爺さんは「ん」と頷いただけで、先に進んだ。

 爺さんは考え込むように、爪先の地面に視線を落しながら進んでいく。


 「何やってんの、あれ」


 グリシーナが横に追いついてきた。


 「たぶん、森の入口を確かめているんだと思う」


 目の前には、異常なほどの数のエーテル柱が密生して、壁のように視界をおおっている。中には普通の木々もちらほら混じっているようなのだが、ほとんどがエーテル柱のかたまりであり、そこにはあやふやな輪郭りんかくの印象しかなく、実在感が狂ってしまう。


 本物の景色というよりも、記憶をもとに適当に描いた絵でも見せられているような気分だった。

 ただし、あたり一面の空間に描かれた巨大な絵だ。


 中へ入り込めないわけではないのだろうけれど、そこそこの数の柱が存在しているようで、何も用意せずに入るのは、目隠しをしたまま森に突入することと変わらない。

 本物のエーテル柱によるものと思われるエーテルのかたよりの気配ががそこかしこにただよっていた。


 「オルタ、こっちだ」


 爺さんがわたしの方を手招きした。

 近寄ってみると、爺さんは足元の砂地を指差してわたしに教えた。


 岸辺の方から続く灰褐色はいかっしょくの砂にまじって、真っ白な砂粒が入り混じっている。


 爺さんの足元のあたりは、うっすらと散らしたように積もっているだけだったが、爺さんがそこからすうっとなぞるように指をすべらせた先を見ると、森のふちに、き出る泉のように、真っ白な砂地が広がる一帯があった。


 「あそこが入口だ」


 わたしは爺さんの示した砂地へと近づいていくと、しゃがみこんで手にすくって調べてみた。


 粉のようにこまやかな粒子が指の間をすりぬけてゆく。さらさらに乾ききっていて、生命いのちの感触を伴わないそれは、何となく砕いた骨の粉でも握っているような気をわたしに感じさせた、わたしは振り払うように手を払って砂を落とした。


 「何となく、遺跡の壁の材質に似てる気がするね、こっちは粉になっちゃってるけど」


 わたしは、急いで立ち上がり、爺さんに声をかけた。

 質問というよりは、爺さんが隣に並んだのに、すぐに気付かなかったらしく、いつの間にか横にいる爺さんを発見して、ぎょっとしてしまった気まずさをごまかす独り言のようなものだった。


 「ま、似たようなもんなんじゃろ。こっから先は、森の方は見ないようにして、この白い砂をたどって森の中に入るんだ」


 爺さんは、ボビーとグリシーナを振り返る。


 「よし、これから森に入るから、わしについてきてくれ。森は直接見ずに、地面の白い砂かわしの背中を目印に歩いてくれ。オルタ、お前はいちばん後ろからついてきてくれ」


 そう指示を出すと、爺さんはゆっくりとだが、確実な足取りで、森の方へ歩き出し、森の暗がりの中へ入り込んでいった。

 あわてたようにグリシーナが後を追い、その後にボビーとわたしが続く。


 森との境に触れた瞬間、霧のように冷たい気配がわたしの腕と頬をで、背中から抜けていくような感触があった。

 一瞬立ちくらみを起こしたように視界が暗くなり、そこから回復するようにあたりの様子が暗闇の中から立ち上がってくる。


 わたし達は、森の中にある小さな広場に立っているようだった。

 足元は粒の細かい白い砂で敷き詰められていて、砂地の一帯には、草の一本も生えておらず、つい昨日にでもだれかが均したように平らに整っていた。


 広場の外は、やはりエーテル柱に囲まれているようで、黄昏時たそがれどきのような薄ぼんやりとした明るさが、足元の白い砂地だけをいやにくっきりと浮かび上がらせ、それ以外の物の輪郭りんかくをぼやけさせている。


 広場から、白い砂でおおわれた一本の道が、森の奥の方まで曲がりくねって続いているのが見えた。

 爺さんは、その道の始まる手前で立ち止まって、じっと足先の砂地を見つめている。


 爺さんの見つめる先には、整った表面だったからはっきりわかるといった程度のわずかなくぼみがふたつ並んでいた。


 その窪みのひとつのふちが、かすかにふるえ、内側に向かってくずれると、こんどは少し離れた奥の地面にへこみができ、ひとりでに窪みが増えた。


 同じように、もうひとつあった窪みが崩れると、さらに奥の方に窪みがもうひとつ増える。

 あきらかに、その上を見えない何物かが歩いて行っているとでもいうような光景だった。


 「これも、まぼろしじゃよ。ただし、どうも昔誰かが歩いたそのままの跡を、再現しているようなんじゃがな」


 爺さんは、地面を見つめながら誰に言うでもなくつぶやいたあと、覚悟を決めたように言った。


 「あれをたどって行けば、遺跡までたどり着ける。行くぞ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る