第27話 かわりゆくもの



 わたし達は、まぼろしの水面を横目に、湖の岸辺に沿って移動した。


 ガドルフ爺さんによれば、さして遠くないところに、底の方までなだらかに続いている砂地となっているところがあるそうだ。


 実際、湖の周りを取り囲んでいる木々が途切れて、むきだしの地面が広がっていると思われる場所がここからも確認できる。


 しばらくは、誰も無言で、ただ地竜が地面を踏み分ける音だけが辺りに響いていた。


 時おり風が通ってきて、草むらをで、エーテルちゅうをこするような風切り音をたてていったけれど、まぼろしの水面は、そのおもてを揺らすこともなく、相変わらず、鏡のように平板に、静かにたたずんでいた。


 それはまるで、湖の中だけ、時が止まっているかのようだった。

 そしてそれはけして見当違いの考えのようにはわたしには思えなかった。


 かつて、この遺跡を作り出した人たちが、どのような外見をしていたのか、はかり知ることはできないけれど、少なくとも、生まれて、生きて、そして死んでゆく運命を背負っていたのは間違いないだろう。


 その中で握り締めていた思いの揺れは、わたしとそうそう変わるものではないのではないだろうかと思う。


 わたしだって、生きて、そして死んでゆく運命を背負っているのだ。

 あたりの景色は、思い出の中の風景のように時が止まっている。


 それは、遺跡を作り出した人々が生きていた当時には、まったく思いもよらないことだったのかもしれない。


 だが、遺跡から人の姿が消え、恐らくは数えるのも気が遠くなるほどの時間が経つにつれて、この辺りの風景には、そのような表情があらわれてきたのではないのだろうか。 

 そして、表情というものは、もともと同じ顔に表れる変化のことだ。


 思いもかけない表情を見たり、見せたりすることなんて、生きていくうちに、いくらでもあることだろう。


 いくら思いがけない表情だったとしても、それをつくり出しているのは、もともと同じ顔なのだ。


 変わるものと変わらないものが一体となって今という時を作っている。


 今、わたしに誰かの思い出の中を歩くような気持ちを起こさせる風景を残した人々に、わたしは、始めて強い興味を持てたような気がした。


 彼らもまた、変わるものと変わらないものが一体となった「今」を生きていたはずなのだ。


 「このあたりじゃな」


 木々が途切れ、砂地へ出たところでじいさんは地竜を止めた。

 砂地はなだらかに湖面の下へと続いている。


 「それほど深くなってはおらん、地竜に乗っていれば腰の辺りに水面が来るぐらいじゃろ。やわらかい砂地じゃからゆっくりいこう」


 爺さんが続いてきたボビーたちに声をかけて、湖を渡り始めた。


 地竜の足が水面に触れても、まったく波はたたなかった。

 そのため進むにつれて、水のなかに地竜ごと吸い込まれるような気持ちになったが、地竜の脚は、しっかりと足元の砂地を踏んでいた。


 鏡の上をすべるようにまぼろしの水面を進んでいくと、思ったよりも簡単に中心の島までたどり着いてしまった。


 島の岸辺も、わたし達が上陸した所は、対岸ほどの広さはなくとも、ゆるやかな傾斜の砂地が岸辺から続いていた。


 砂地が途切れた向うには、エーテル柱の群れが原生林のように鬱蒼うっそうと繁っていて、道らしい道もなく、とても島内に入り込めるようには見えなかった。


 「にゃあ、爺さん」


 「わざとにゃあにゃあ、言ってるだろ、お前」


 「あれも、ひょっとして幻か?」


 すこし、時間を置いて、爺さんが答えた。


 「ほとんどはそうだにゃん」


 ものすげえイラッとした。というか気持ち悪かった。




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