第26話 湖とまぼろし



 「ここが、遺跡?」


 わたしは、自然に生えているにしては、やけに多いエーテル柱の群を見回しながらガドルフ爺さんに聞いた。


 地竜が進むのには問題のない程度の密度なのだが、エーテル柱の林と言っていいほどの数があたりには生えていた。


 まあ、気にしなければただの雑木林とたいして変わるものではないのだけれど、不思議なのは、これだけの柱が集まっているというのに、あたりのエーテルの反応が不自然なほどかたよっているように感じられた。


 「まあ、このあたりはそういっていいじゃろ」


 「どういうことだ爺さん、これだけエーテル柱が集まっているのに、ものすごくエーテルが不安定だぞ」


 「オルタ、見えるか?」


 爺さんが、前をまっすぐにらみながら答えた。


 進むにしたがい、前方に林が開けてくる様子が見え、その向うには水面が広がっているのが見えてきた。

 周りをぐるりとエーテル柱に守られた大きな湖だ。

 水面は鏡のように滑らかで、水面全体が冷たく銀色に光っているように見えた。


 岸辺まで近づいてみると、向こう岸はかすみがかかったようになってはっきり見えない。けっこうな広さの湖だった。

 その上、湖の真ん中には、これまたけっこうな大きさの島があって、うっそうとした木々で覆われていた。

 おそらくエーテル柱の群れではないのかと思う。


 木々にさえぎられて、島の裏側までは見通せないのだが、人が住んでいるかどうかはともかくとして、村のひとつくらいはあってもおかしくないほどの大きさだ。


 そして、島を中心にして、濃いエーテルの気配があたりに染み付くように広がっているのがわかる。


 「あの島が、目的地じゃ」


 爺さんが、島を指差して言った。


 「はあ?どうやって渡んのよ?」


 ボビー達の地竜がわたし達の横に並び、ボビーにしがみついたままでグリシーナが叫んだ。


 「じいさん、この水ってもしかして幻か?」


 「どうしてわかる?」


 「いや、そんな気配はまったくないんだけどさ、はっきり見えすぎるというか、水が鏡みたいにまったく動いてないだろ」


 グリシーナが地竜からぴょんとおりて、わたし達を横目でにらみ上げた。


 「どういうことよ」


 「お前さんらしくないな、グリシーナ。不振に思うなら、自分で確かめてみればいいじゃないか」


 グリシーナは、一瞬ぐっと詰まったように見えたが、片足でばん、と強く地面をはたいて何かに対し威嚇いかくしてみせた後、湖の岸辺に迷わず歩いていく。


 「おい、じいさん。危なくないのか、この幻、ちよっと普通じゃないにゃっ」


 「普通じゃないのは認めるが、危なくはない。それとにゃあにゃあ言うのイラッとするからやめろ」


 「うっさいな。背中からゲロ注ぎ込むぞ」


 そういい捨てて、わたしも地竜を降り、グリシーナの跡を追う。

 後ろで、ボビーも地竜から降り立って、手綱をガドルフ爺さんに一旦預けている気配がした。やはり、わたし達を追って、岸辺に確かめに来ようとしているのだろう。


 グリシーナは、岸辺にしゃがみこんで、湖の水面に手を入れているようだった。


 「これ、水じゃないわ、何の手触てざわりもしない。まぼろしってことなの」


 わたしが横に並んで、湖をのぞき込むと、隣でグリシーナが誰に言うでもなく、つぶやいているのが聴こえた。


 覗き込んで見ると、たしかに、水面らしきものがなめらかに光を反射しているのが見える。その中に無雑作につっこまれたグリシーナの手はおぼろげにゆれて見えた。


 その隣に、わたしも手をひたしてみた。まったくなんの感触もなかった。水の冷たさも感じないし、湿った匂いもしない。まったくなにもない空間だ。


 ただ、見た目だけは、手が水面に沈んでいるように見える。


 水面の反射にさえぎられて、遠く霞むかのように見えているそれは、水面から下は、湖の対岸ほど遠くにあるとでも言うように感じさせられ、わたしはぞっとして、思わず横にあったグリシーナの手を握ってしまった。


 隣に見えているグリシーナの手が本当にそこにあるのか確かめて安心しようとしたのだろうと思う。


 隣でグリシーナがびくっと身じろぎするのがわかった。ぐるっと頭を回してわたしの方じっと見つめてくる。


 「何よ」


 わたしの尻尾がいいわけをするように頼りなく左右に揺れた。


 「爺さんの言うことにゃ、このまぼろしは、普通じゃないけど、危ないことはないってさ。だからって油断していいってわけじゃないにゃ」


 グリシーナの方は見ずに、その手を離して立ち上がりながら、わたしは言った。


 「確かにそうですが、にゃあにゃあ言うのはちょっとイラッとしますね」


 ボビーがいつの間にかわたしの後ろに付いていた。


 「にゃ、にゃんですと、ボビーさん?」


 「ガドルフさんがそう言ってこいと」


 ボビーがにこにこ笑いながら言った。


 「そろそろ皆地竜に乗ってくれ、あそこの坂になってるところから湖を突っ切って島へ渡るぞ。水がないってことはもう確かめたじゃろ」


 ガドルフ爺さんに促され、わたし達はふたたび地竜に乗った。


 「なあ、じいさん。このまぼろしって、ずっとここにあるってことだよな」


 わたしは、地竜によじのぼりながら爺さんに聞いた。


 「ああ、遺跡の一部、ということじゃろうな。――さあ、いくぞ。水はなくとも、ここは窪地になってるからな、降りやすい場所まで移動するぞ」


 再び爺さんが主導して、わたし達は移動を開始した。





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