第25話 悟りの境地



 爺さんが風車小屋の前で言ったことの具体的な意味は、つい聞きそびれてしまった。


 まあ、どうせ何のかんのとはぐらかされそうな雰囲気はありありとわかったし、むこうも態度で伝えるつもり満々だったんだろう。


 あとは、自分で悟れよ、と。


■■■■■■




 「何か、悟れたのか?」


 「気持ち悪い、吐きそう」


 「飲み込め。全て飲み込むんじゃ」


 翌日、目的地を目指して地竜の背中でだいぶ揺られてしばらくたった頃、ガドルフ爺さんが後ろにしがみついているわたしの方を首だけ動かして振り返った。


 それまで、速い、揺れる、怖い、眼が回る、尻が痛い。いってえ舌噛んだ、とひとしきり騒ぎ続けていたのが納まった気配を察したのだろう。


 先頭の地竜に爺さんとわたしが乗り、その後ろを少し距離を置いて、ボビーとグリシーナの乗った地竜が追いかけている。


 そして、ものすごい速さである。川筋に沿って、道も何もない、草原を走っているのだが、足場の悪さをものともせず、地竜はどかどかと足音を響かせて前に進んでいく。


 そのうえ、盛大にゆれている、……ようにわたしには思える。

 じっさい爺さんの腰をがっちり両手でつかまえてないと、今にも落ちてしまいそうである。


 地竜の走る速さもいままで経験したことのないもので、それだけでもじゅうぶん怖いのだが、いつ振り落とされるかもわからないという恐怖がそこに加わり、わたしがわめくのもはそれをごまかすためでもあったのだが、さほど効果はなく、精神的にも肉体的にも、じりじりと痛手を溜め込んでいた。


 それでも、飲み込んだ。飲み込みましたよ。喉元までこみ上げてきた何かを。


 爺さんが体を傾けて、地竜の進む方向を変えようとしている気配がしたということもある。


 おそらく、前方に見えている。やぶのようなものを回り込もうとしているのだろう。


 それは、背の高い草が密集し、穂を揺らしながら広範囲にひろがっているようにここからは見えた。


 「じいさん、それっぽく見えるけど、あれは幻だにゃあ。地形自体がずっと平らなら、突っ切って問題ない」


 「ん、そうか」


 爺さんが体を戻して、ボビーに片手で合図を送る。


 地竜は、少しだけ、速度を落し、藪のようなものにめがけてまっすぐ突っ込んでいった。確かに、見た目自体は太い茎の植物が入る隙間すきまもないほど密集して生えているようにみえる。

 だけど、そこからわたしが感じる印象は、どこか空虚なもので、存在感というものがまったくないのがはっきりわかる。それ以上は、なぜ、といわれてもうまく説明できないのだけれど。


 それに、どうこう考える間もなく、藪のようなものは目の前に迫ってきている、地竜がためらわないか、一瞬不安に思ったが、迷わず藪の中に突っ込んでいった。

 本物の藪だったとしても、これくらいのものなら地竜にはさまたげにならないのかもしれない。


 わたし達の周りを緑のくきが取り囲み、進むにつれて次々と打ちかかってくるのだが、体に当たる感触はまったくない。

 全て体をすり抜けて通り過ぎていくようだった。耳に聞こえてくるのは、ただ風がひゅうとすり抜けていく音だけだ。


 一瞬の後、あっけなく藪のようなものをすり抜けると、わたし達の前を、別の地竜が走っているのが見えた。


 マントを体に巻きつけた、背の高い男の後ろに小柄な人物がしがみついて乗っているように見える。だが、その姿もまた、実体感が感じられない。

 程なく雲が晴れるように、姿がかすんでゆき、見えなくなった。


 後ろを振り返ると、藪のようなものから、飛び出してくる地竜の姿があった。ボビーとグリシーナも問題なく抜けてきたようだった。


 「あれくらい、爺さんだってわかるだろ。感覚が鈍ったんか?」


 わたしは爺さんの背中をバンバン叩きながら問いただした。


 「お前のゲロの気配に、注意を乱されまくったんじゃよ」


 爺さんが、地の底から湧き出る冷水のように冷たい声で答えた。


 「スミマセン。……湧き水だったら、冷たいほうがおいしいのににゃあ」


 「何の話じゃ?」


 「爺さん、地竜止めて、早く!」


 「今度は何じゃあ!」


 「ちょっと吐いてくる」


 というようなやり取りを間に何度かはさんだものの、日が沈むよりだいぶ前に、わたしたちは目的地にたどり着いていた。






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