第24話 目の前にひろがる



 その後、ガドルフ爺さんとわたしは、ギルドの建物を出て、一緒に風車のある草原へと向かった。


 爺さんは、エレキをためることができるという、例の箱を風車の塔から取ってくるため、わたしのほうはというと、明日の準備は午後に回して、先にチコリー草の根を取りに行こうと考えたのだ。

 背負い鞄の中には、昨日使った道具がまだそのまま入っていた。


 「なあ、爺さん。さっきボビーが言っていたことだけどさ」

 

 わたしは尻尾をぴんと立て、あたりを探るようにゆらゆらさせながら、爺さんに話しかけた。


 「エレキを使った道具を動かしていると、天使が探しに来るって本当か?」


 「さあ?」


 爺さんは、わたしの視線をそらして空を見上げる。

 わしゃ知らんよ。とでもいうようなそぶりだった。


 「わしゃ知らんよ」


 口に出して言った。


 「じいさん。わたしはまじめに聞いているんだけどにゃあ」


 「わしもまじめに答えてるよ、オルタ。天使が何物なのか、何のためにあるのか。わしだって考えてみたことは一度や二度じゃない。ボビーの言っていた噂だって前に聞いたこともある。しかしな、実のところ、天使のことなんて何もわかってはいやしないのが本当だ。あれは、よくわからんとしか言いようのないものだ」


 「はあ」


 「少なくとも、エレキ道具を動かしたぐらいで、反応してくるような物ではないことは確かだな」


 爺さんはうんうん頷きながらひとりつぶやいた。


 路は川沿いにまっすぐ伸び、転々と立ち並んでいる細い石柱せきちゅうが心細く砂ぼこりの舞う風に吹かれていた。

 石柱が風に逆らって立てる、鋭い風切かざきり音を後に、西の草原に辿りつくと、ひと区切り付けるように、うん、と爺さんが伸びをした。


 「おう、やっぱり緑があるのはいいのう。このあたりの春の景色はわしは本当に好きじゃなあ」


 あたりを見回しながら爺さんが言った。


 「オルタよ。ほんとう、っていうのは、自分で見つけるしかないんじゃよ」


 そこかしこに咲いているチコリー草の花をみまわしながら、爺さんが言った。

 花々は、日の光を吸い込んだような鮮やかな黄色を揺らし、草原をにぎやかにいろどっていた。


 「はあ、物の価値は自分で決めろ、みたいなことですか」


 「まあ、それでもいいが、向うからやってくるってこともある。実際、自分で決められるようなことじゃないのさ、ただそうだからそうなんだとしか言えん」


 「あの、もうちょっと具体的に」


 「オルタ。お前、まだ自分より大切なものって見つけたことがないじゃろう」


 「あの、もうちょっと具体的に」


 爺さんはわたしの方に、ぐっと拳を突き出してきた。


 「恋じゃ、恋をするんじゃよ、若者よ」


 すげえいい笑顔でそう言ってきた爺さんの拳が示しているジェスチャアは、何か具体的に言っているそれと正反対の下世話な物を示しているのではないかとわたしには思えたのだが、経験の少ないわたしには、爺さんにそれ以上問いただしてみる気力が湧いてこにゃかった。


 「このエロジジイめ」


 「口にでてるぞ」


 そういうと、爺さんは、風車の塔へ向きを変えた。わたしも気を取り直して、背負い鞄を下ろそうと身をよじった。

 そのとき、背後から、わたしに向かってなんでもないことのように爺さんが声をかけてきた。


 「運命が目の前に現れたとき、お前なら、すぐ気付くことができるじゃろ。そのときは、しっかり見て、よく考えることだ。わしらにできるのはそれぐらいさ」


 「それぐらい?」


 ぴんと立てたわたしのしっぽが、途中からくにゃりと折れ曲がる。


 「ーー選ぶことなんて、できやしないのさ」


 そう言い残し、爺さんは風車の塔の中へ消えた。



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