第19話 予感


 扉を開けて、さっさと風車の中に消えていった爺さんの後を追って、わたしも風車の入り口の扉をくぐった。


 ほこりっぽい匂いと共に、ひとつだけある明かり取りの窓から落ちる光が、暗い床の上に、格子状の模様を床に浮かび上がらせていた。

 妙な圧迫感を感じるような気がしたのは、ぎしぎしと風車の回る音がずっと反響し続けているためらしい。


 室内の暗さにはわたしはすぐになれたのだが、爺さんの姿がどこにも見えなかった。

 部屋はもうほとんど使われることがなくなって長いらしく、床にはほこりがたくさんたまっている。


 奥の壁には木製の棚が置いてあるのが見えたが、中は空っぽだ。その脇には樽や木箱のたぐいがごちゃごちゃと積み重なっているけれど、どうも中身は入っていないのではないかと思われた。

 棚や床と同じで、誰もここを使わなくなってから、ほこりだけをためこんでいるように見えた。


 「おーい、こっちだ」


 のんびりした声で爺さんがわたしを呼んだ。


 爺さんの声が聞こえてきた方を見ると、木製の階段が壁沿いに伸びており、上階から、日の光が漏れてうっすらと階段を浮かび上がらせている。

 階段を登っていくと、まぶしいほどの光が溢れてきた。上階は四方にそれぞれ窓が付いていていて、光がまんべんなく入ってくるのだが、眼が慣れてくれば、それほどまぶしいというほどのものでもない。


 「下は、あんなに暗くていいのか?」


 わたしは、尻尾をゆらゆらさせて爺さんに聞いた。


 「床板は、ほとんど外せるようになっているからな、昔は、風車の手入れ時以外はずっとはずしっぱなしにしていたんだろう」


 「ふーん」


 ちょうど風車の裏側にあたるところに、木製の円盤が取り付けてあって、まわりに出っ張りをびっしりつけてぎしぎしと回転を続けている。


 その円盤の下部には、もっと小ぶりだけれど出っ張りの部分は風車側のそれと上手く噛み合うように、同じ大きさの張り出しがついた円盤が回っていたが、風車側のものに比べ、使われている木材は真新しかった。


 その円盤の下には金属製の四角い箱が円盤の軸とつなげられているようだ。

 その金属の箱には、さらに、別の金属の箱と、石の箱が組み合わされているけれど、その組み合わせが何を意味するのかはわたしにはまったくわからない。


 壁脇の机の引き出しに、がちゃがちゃと鞄の中身をしまいこんでいた爺さんがふりむいてわたしを押しのけると、やはり鞄から持ち出したと思われる片手で持てるほどの大きさの白い石の箱を、風車側の大きな箱の石で覆われているらしい出っ張り部分と、黒い管のようなもので連結した。

 車側の箱には、管の先の連結部品と合致するような穴があらかじめ付いていたようだ。


 「ん、ぴったりじゃな」


 「何、これ」


 「今つけたのは、エレキをためておくことの出来る道具じゃよ」


 爺さんは、壁脇の机の方を指差した。机の上に、ひとめで遺跡時代のものとわかる、石製の白い箱が置いてある。


 「もともとは、それをつないでいたんだがな、どうも壊れてしまったらしい」


 「さわってもいい?」


 「ああ、もう壊れたものだしな。よく見てみるといい」


 ちょっと大き目の本と言っていいくらいの大きさで、外側は、街の壁を作っているのと同じ白い石で出来ており、とてもすべらかな手触りだ。


 乗せていた机の面と設置する方には何もなく平らだったが、反対の上面の方には、のぞき窓のようなものが取り付けられていて、硝子ガラス板をとおして、目盛りや、文字のようなものが読み取れた。だけど、目盛りはともかく、文字らしきものは、これまで見たこともないような字体で何が書いてあるのかまったく判らない。


 のぞき窓の隣には、いくつかの取っ手や、ドアノブのようなかたちをした小さな出っ張りがあり、実際につまんで回す事ができた。

 扉が空くことはなかったけれど、のぞき窓の中の針が、連動して動いているようだった。


 「爺さん、なんか動いているように見えるけど」


 尻尾をぴんとさせてわたしは爺さんに聞いてみた。


 「それはそういうもんらしいな。何かの目盛りじゃろ。この間まで、こっちの道具と管でつなぐと、のぞき窓自体に光が灯っていたんだが、光が出なくなったんじゃ」


 「光ると何かあるのかい?」


 「それがよくわからん」


 「なんだそりゃ」


 「遺跡時代の道具ってのは、どういう仕組みで、何のためのものなのかさっぱりわからないものがほとんどだ。エレキで動くものがあるって判ってきたのも、ついこのあいだのことだしなあ。壊れたら修理もできん。まるごと生きているものを見つけてくるしかない」


 「そんなもん、どこにあるのさ」


 「ここの川沿いをずっと進んだところ、まあ、それでも二、三日行った所に、小さな遺跡がある。街というよりは、何かの詰め所か、中継所といったところなのかなあ。いくつかの建物が集まっているだけなんじゃが、地下室も残っていてな、そこを探ると、きれいなままの道具がけっこう残っているんじゃよ。それをこのエレキを溜めた道具につないで見ればまだ動くかどうか確かめることができる」


 わたしの尻尾があたりを探るようにせわしなく左右に揺れる。


 「へえ。じいさんなんでそんなこと知ってるんだ」


 「今度そこに残っている生きている道具を探しに行く。ギルドの依頼でな。お前も手伝え」


 「にゃ、いいの?」


 「まあ、今まではわしひとりでもよかったんじゃが、そろそろ年でな、手伝いというより、一通り覚えるつもりで来い。次にお前さんひとりでも出来るようにな」


 「判った」


 「ちなみに、この仕事も不定期だが、報酬は結構あるぞ」


 まじか。


 爺さんは、もう少し、道具の整理があるとかで、そのまま残ったが、わたしはチコリー草を採らなければならなかったことを思い出し、階段を下りた。途中で爺さん最後の質問ごまかしやがったな、と気付いたがもう遅い。もう辞めとけというように、尻尾もぶんぶん揺れていたので、わたしはそのまま階段をおりた。


 一階におりたところで、かすかにグリシーナの花の香りが漂ってきたような気がしてすばやく後ろを振り返ってみたが、もちろん誰もいやしない。


 床のほこりの積もり具合に違和感があるような気もしたけれど、薄暗い上に汚れすぎていて、前との違いなど見分けることはできない。

 肩をすくめて風車の外に出てみたが、あたりには人気はなく、風車の回るぎしぎしという音が、うつろに響いているだけだった。


 草原にはてんてんとチコリー草の黄色い花が散らばって咲いていて、日の光を受けて無心に揺れていた。


 チコリー草というのは、根が太く、地下に突き刺さるようにまっすぐに伸びており、ただ引っこ抜こうとしても、それでは根っこまで引き抜けず、地面の上の葉っぱだけ千切れてしまう。

 お茶の原料にする根を取るためには、周りの土ごと掘り出さないとだめなので、すこし面倒だ。


 わたしは小川の近くまで行って、比較的やわらかそうな土のめぼしをつけると、背負い袋から移植ごてを取り出し、チコリー草を掘り始めた。


 草の根元のあたりを狙って、移植ごてをできるだけまっすぐに付きたててゆき、ぐるりと根の周りを切り取るように土に切れ目を入れる。それで簡単に抜けるときもあるし、太い根になると、なかなか取れないこともあるので、ある程度の深さまでであきらめて、こての先で地中の根を切り、引き出すこともある。


 ごっそり土ごと引き抜いたチコリー草から、葉っぱはやわらかそうなものを選びとり根っこと分け、根は近くの小川で水洗いをする。

 根っこを小川で洗っていると、爺さんが風車から出て来て、わたしに挨拶をした。


 「ワシは、もう戻るとするよ。仕事の件は、明日、時間のあるときギルドに来てくれ」


 「にゃー、わかった」


 爺さんが手を振るのに答えて、わたしは、チコリー草の根っこを手に持ってぶんぶんと振り回した。きれいに泥を落とした根っこから水しぶきが飛び散って傾き始めている日の光をきらめかせた。


 よく洗い終えた根を軽く拭いて、地面の上に広げた麻袋の上で軽く乾かす間。うつろなきしみを響かせ続けている風車の周りをぐるりと回ってみた。


 風車の裏側にあたる日陰に、一箇所土がやわらかくなっている所があり、ひとつだけ、人の足跡らしいものが残っていた。大きさからいうと、わたしと同じくらいの年か、女の人のようなやや小さめのものだったが、はっきりと確信は持てなかった。


 何か妙な感じがして、それが具体的にどんな形をとるものかまったく予想が付けられないだけに、いっそう妙な感じが増してくるのだった。


 ひとことで言えば、いやな予感しかしないのだった。




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