第18話 西の風車
ボビーの姿が見えなくなると、わたしは、屋上の小屋へと上り、チコリー草を採るための小型スコップと目の粗い麻袋を詰めた背負い袋をひっつかんだ。
にゃんにゃんにゃんと外階段を駆け下り、西の草原を目指して路地へ走りこんでいく。
急いでいるわけではなかった。というよりは、午後はこれといった仕事が入っているわけではないし、食堂の方も残念ながらわたしが手伝わなければならないほど忙しくしている様子はなかった。
昼食に普段よりしっかりしたものを食べ、時間はありあまっている。
わたしをさえぎるものは何もなかった。世界中のどこへだって行けるさ、という気分がした。
気分がしたというだけで、それ以上の何があるというわけではないのだけれど。
というよりもそれ以外何もない、というのが本当のところなのかもしれないけれど、それはそれ、手にあるものを精一杯有効活用していくだけのことだ。
とにかく、日ざしをうけて暖かく乾いた路地を、力まかせに駆け抜けて行くわたしをさえぎるものは、今のところ何もないということはたしかなことだった。
街はずれの建物がまばらになったあたりで、北の方角から強い風が吹き付けてきて、わたしは歩みを止めた。
風はわたしの服の中まで入り込み、旗のようにはためかせ、汗を吹き飛ばし、ほてった額を手あらく
風が止まると、ふたたび地面から午後の熱気が上ってくる。風が弱まるまで、北を向いて、撫でられるままに風にあてていた額にも、強い日差しがふたたび降り注いできた。
街外れを流れていく小川が、割れた鏡のように光を
川のほとりには土を踏み固めた道が続いており、道に沿うようにして、石造りの柱が一定の間隔をおいて並んでいる。
柱は遺跡時代特有の白い硬質の石でできており、一抱えほどの太さがあり、二階建ての家くらいの高さがあり、つい先ほど空から落ちて地面に突き刺さったかのように、真新しく白い地肌を陽にあてている。
例によって何のために配置されているのかは誰も知らなかった。
道をずっと
わたしと同じように、背中に荷物袋を背負い、わたしと違って迷いのない足取りで歩いているようだった。
わたしは、人影に追いつくように、ふたたび走り始めた。
「やあ、じいさん。また会ったにゃー」
「ああ、オルタか、どうした、風車にでも用があるのか?」
「いんや、チコリー草を採りに。根っこをお茶にしたり、葉っぱを料理に使ったりするんだ」
「ああ、確かに昔アルがそんなことを言ってたような気もするな」
「じいさんは、風車に何か?」
わたしが尻尾をゆらゆらさせながら爺さんに尋ねると、
「まあな」
ガドルフのじいさんはひとこと答え、首をかしげ、すこし考えるようなそぶりした。
「ボビーさんから何か聞いたのか?」
「うん、荷物を届けたって。よろしくと言ってたよ」
「なるほど」
「荷物って風車の部品?」
「まあそんなところかな」
じいさんはあいまいに
しばらく歩いていくと、西の風車の草原と呼ばれている場所へと出た。
道と、石の柱の列は、風車のところまで来ると終わっており、
風車の塔は、やはり遺跡時代のものだったが、風車自体は、木と布でできていて、北から吹き付ける風を受けて、ぎしぎしと音を立てながら回り続けている。
塔の入り口の石段に荷物を下ろすと、じいさんは鞄の中から鍵を取り出し、塔の扉にかかっている錠をがちゃがちゃと外そうとして、てこずっているようだった。
わたしは爺さんの後姿に向かって声をかけた。
「なあ、この塔ってギルドが管理してるの?」
「さあ、どうだろうなあ」
「この風車って、何のためにここに置いてあるの?粉引きに使ってるようでもないし、水を汲むでもない、獣よけに音を立ててるっていうのでもなし、そもそもこのへんではそんなのみかけないしさ」
「さあ、何の役に立ってるんだろうな」
「爺さん」
「うんうん、あいつにも困ったもんだよな」
「質問に答えないとこの背負いかばんの中身を川の中にぶちまけるけどいいかにゃあ」
「この塔はもともと風車はついていなかったんだが、近所の農家が、風車を取り付けて粉引きなんかに使うようになったんだ。だが、だんだんこのあたりにも人が少なくなってな。最後まで風車を使っていた爺さんが死んだとき、ギルドが管理を引き継いだ。そのとき、粉引きのの仕掛けは取り外されて、風車だけが残ったんじゃ。今はわしが管理を任されている」
「この荷物の部品は?」
「粉引きの仕組みの変わりに、ギルドが取り付けた部品だ。お前は知らんと思うが、エレキ、というものを作り出す仕掛けが取り付けてあるんだ、じゃが、今は壊れて動かなくなってしまっている」
「それ、何のために必要なの?」
「遺跡時代の物の中に、エレキを使うと、反応を示すものがあるんじゃよ。それを調べるために使われるものなんじゃ。それ以上はわしにもよくわからんよ」
「ふうん」
まあ、本当にそれ以上は、じいさんも知らないようだったので、わたしは荷物を返した。
じいさんは、鞄を受け取ると、サッと視線を地面にずらして、低い声で言った。
「オルタ、お前に脅されたと、アルに言っとくからな」
シマッタアァーッ。
わたしは目を押さえて、その場にうずくまった。
「あの、このことはどうかご内密に」
「わかったよ。冗談じゃ、じょーだん。その代わり、今話したことは、あんまり言いふらすなよ」
「ははあ」
「ちょっと中を見ていくか?」
じいさんは、顔をあげたわたしに笑いかけながらそう言った。
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