第14話 旅の商人
がっしりとした造りのブーツを
背筋をのばし、体はほとんどぶれていないのだが、その歩き方は、わたしには室内だというのに、風の吹きつける中を歩いているような、わずかな力の偏りを感じさせた。
男の足元で揺れるマントの布地が、そのような気持ちを起こさせたのかもしれなかった。
締め切った部屋の中に、不思議な空気の動きが起きたようだった。どこからか風が吹き込んできたのだ。
男はガドルフ爺さんの前で一礼すると、わたしの方にわずかに身をずらした。肩掛け鞄でも提げているのか、マントの腰の辺りにふくらみが見える。
男は、爺さんの方を振り返ってもう一度頷くと、わたしの方に笑いかけて、挨拶をよこした。
「はじめまして。ボブ、というのがほんとうの名前ですが、皆にボビーと呼ばれていますので、どうぞそのようにうに呼んでください。
礼儀正しく、上品な身のこなしだった。半人前の雑用係相手には、すこし丁寧すぎるような気がしないでもない。
が、そんなことでいちいち戸惑っていてもしかたにゃい。
向うが礼儀を知っているとしても、こちらはそうではないのだ。何より、今のところ、わたしは礼儀よりも重要なことに気が付いてしまった。
「あんた、大丈夫か?顔色が悪い、を通り越して真っ黒だぞ」
思いっきり手をのばして男の顔をさすりながら、わたしは言った。いや、ほんと黒いよ。
「これは、もともとの色です。こちらではあまり見かけないかな、南の方へいくと、私のような肌の色をした人間は、たくさんいますよ」
大きな黒い瞳と、大きな口が横にひろがり、白い歯をのぞかせてわらった。おだやかで人懐こそうな印象だった。
「やっぱり。さすがにこんな顔色はないよなあ。初めて見たよ。じろじろ見てすまんね」
「見るのはぜんぜんかまいませんが、引っぱるのはやめてふれまふゅ?」
「スミマセン」
珍しくて、うっかりほっぺをぐいぐい引っぱってしまったのだが、男は手を上げるでも、声を荒げるでもなく、ただ困った様子を見せるだけだった。
その人あたりのやわらかさは、もともとの性格なのか、商売人として身に着けているものかまでは、まだわからない。
「ついでに聞くけど、その羊みたいなもじゃもじゃ頭も南では当たり前なの?」
「そうですね、巻きぐあいや強さは人によってそれぞれですけれど、私くらいなのは普通といっていいと思います。髪の色のほうは色々ありますね」
癖のある濃い灰色の髪を指でつまんでボビーは言った。
それは、竜巻の中でも突っ切って来たのではないかと思わせるように、波うち、もつれながら、豊かに茂っているのだった。
二、三歩あとずさりしたわたしは、このあたりで何か合いの手を入れるべきではないかと考えたので、
「にゃあ、これで尻尾が付いていればなかなか立派に見えるんですけどねえ」
と言ってみたのだが、あんまりうけなかった。
「ところであなたのお名前は?」
どちらかといえば苦笑いという表情でボビーが聞いてくる。
というか何も聞きませんでしたよ? というような含みをもった同情の表情のようにも思える。
「オルタ、といいます。まあ、まだ半人前なもので、とりあえずできる仕事は何でもひきうけてます」
「ボビーさん、あんたが訪ねてきていたことは、もうオルタに伝えてあるよ」
「ありがとうございます。ガドルフさん。では、オルタさん。ノルクナイの防壁までの案内を頼めますか?ガドルフさんとも相談したのですが、お礼は、見回りの仕事の半日分の日当。それと、昼ご飯をご馳走しましょう」
「わたしは、それでぜんぜんかまわないです。ただ、防壁と言っても、実際は、何と言うか、ただの土手みたいなものなんですよ。がっかりしないかな?」
「遺跡時代のものということですね?もともと何のために造られたのかは、はっきりわからない」
「そのとおりです」
「ならそのつもりで見にいきましょう。何にしても、一度は見ておきたいと思っていたのです」
「わかりました。昼飯は北の街に安くてうまい所がありますから、そっちも案内します」
「砦の食堂、ですね」
「そのとおりです。ひょっとして『砦の食堂』も、南の方まで名前が売れているんですか?」
わたしはちょっと期待してボビーに詰め寄った。
「ガドルフさんに聞いたんです」
「今日お前さんが来なかったら、一度食堂の方まで言ってみるように話してたんだ」
ボビーのあとに、爺さんが付け足した。
まあ、そうだろうにゃあ。
わたしは依頼を引き受けることにした。手間にたいして報酬が大きいのはまあ、いちばん大事なことだけどさ、この男の上品さは、うわべだけのことだけではなくて、ある種の実直さが表にあらわれていることのように思えたからだ。
このひとなりに自分じしんでつくりあげた信念や、物の見方で裏打ちされているように感じられたのだ。
風を身にまとうかのようなたたずまいで目の前に立っている男。
そこには、なにかしらわたしを引き付ける、ひたむきさというものの手触りがあったのだ。
別の言い方で言えば、わたしはボビーのことを気に入ったのだ。
冗談に対しての感性がいまひとつなことくらいは、習慣の違う遠い街から来たことを考えれば、にゃんでもないことさ。
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