第13話 ギルドへの報告


 翌朝、わたしは街道の見回り結果の報告をするために、ギルドへと出向いた。


 ギルドというのは、街の職人や商人の組合やら、寄り合い団体なんかがひとつの建物にまとまっている所で、ひっくるめてその建物をギルドと呼んでいるのだけれど、そのほかに、自然発生的にうまれた、それら細々した組織同士の交渉や調整を取りまとめるための専門の組織を、他の組合と区別する意味でギルドとも呼んでいる。

 わたしが用があるのは後者の方だ。


 職人や商人の大手の組合というのは、ギルドの建物の他に、街中にそれぞれの事務所を持っていたりもする。役割上、ギルドの職員は、本業はもう引退して子供達にまかせたものの、まだまだ元気いっぱい、というような老人が多いようだった。それぞれの組合に顔も利かせやすいということもあるのだろう。


 街道の見回りのような仕事は、どこかひとつの組合からの要求というよりは、いろいろな団体からの要望という形をとって、ギルドが取りまとめて依頼を出しているようだ。

 まあ、報酬さえもらえれば、お金の出所なんて、わたしにはどうだっていいといえば、いいんだけどね。


 中央広場のあたりまで出ると、街の北側を覆う蔓草は姿を見せなくなり、建物はその灰色がかった石の地肌を見せはじめ、四・五階建てを越える大きなものも目立つようになってくる。


 よく晴れた日で、空気はまだ朝の湿しめり気を程よく残し、風が心地よかった。

 北の裏通りを抜けてくるとき、通りに渡された、洗いたてのシーツをなびかせて、森のいい匂いが街中まで流れて来るようだった。


 降り注ぐ光が、灰白色の建物の壁を輝かせ、まぶしいほど目にみて、建物の影が道にくっきりと浮き出ていた。


 通りまで出てくると、商会や組合が飾りや宣伝のために建物に吊るしている垂れ幕が風にゆれ、赤や青の鮮やかな縞をすっきりと浮かび上がらせ、様々な色合いが浮き上がって見えた。


 道端みちばたのそこかしこには植木鉢が置かれ、あるいは軒先に吊るされた花篭はなかごにも季節の花が淡い色合いで咲きほこり、満ち足りた笑顔を浮かべてゆれていた。


 ギルドの建物は、中央広場を抜けて、南の大通りを進んだ突き当たりにそびえている。

 本体はそれ自体五階建ての大きな箱型の建物で、やはり遺跡をそのまま使っているものだ。

 さらにその両脇の建物を木造の廊下でつないで、表の部分を漆喰か何かで白く塗って、ひとつの大きな建物に見えるように見せかけていた。


 わたしが入ったのは、脇の方の建物の入口で、本体よりはひとまわり小さめの建物の方だった。

 本体側は、一階のホールはともかく、ほかは街の大きめの組合の事務所で占められていて、ギルド組織が使っているほうは脇の建物の方にあった。もっとも、どちらの建物も、今は全ての部屋が使われているわけではなく、特に本館の上階のほうでは空き室が目立っている。


 二階の事務室は広々としていて、古ぼけた木の机がいくつも並んでいたが、いつも半分くらいの席しか埋まっていなかった。理由はよくわからない。

 白髪で痩せた老人が座っている机のところに近づいていくと、なにやら書き物をしていた老人がわたしに気が付き、ペンを脇に置いてこっちを向いた。


 「お帰り、オルタ。元気そうでなにより」


 「どうも、ガドルフさん。昨日の夜に戻って来ました」


 わたしに向かって大きくうなずいて見せると、老人は机に向き直り、書いていた書類に吸い取り紙を押し付け、引き出しの中にしまった。

 それから別の引き出しに入っていた帳面を取り出して、おもむろにガドルフ爺さんは立ち上がった。


 「では、あっちの広い机の所で、報告の書類を作ろう。わしもそろそろお茶が飲みたくなったころあいだしなあ」


 ガドルフ爺さんが茶を飲みながら、わたしが、ざっと街道で見てきたことに耳を傾け、その後で爺さんからの細かな質問にわたしが答える。

 それに基づいて爺さんが書類になにやら書き込んでいるのを眺めながら、わたしがちょうどいい温度のお茶を口に含み、ときどき付け足された質問に答え終わることで仕事は終わった。


 「ガドルフ爺さん、これからわたしが引き受けられそうなギルドの仕事は、何かありそうですか?」


 お茶のかたずけを引き受けたあと、もとの席に戻った爺さんから報酬を受け取ったわたしは、薄々答えがわかっていながらも尋ねてみずにはいられなかった。


 「ギルドからは、今のところ、ない」


 爺さんはきっぱりと言った。


 「ギルドからは、って、組合から直接出てるもので何か?」


 「それもない」


 「はぁ」


 「ただし、何日か前、南の方から来た商人というのが来ていてな、こんなとこまで、ずいぶん遠くの街から来たらしい。ギルドには商売のためのちょっとした手続きに来ただけなんだが、ちょいと世間話をしているうちに、北の防壁の話が出てな、商人さん、えらく興味が出たみたいで一度行ってみたいって言い出したんだ」


 「へえ、あんなのを、わざわざ」


 「まあ、他所よその土地から来た人間からしたら、いかにもノルクナイらしい物にでも思えたんじゃないのかな、ノルクナイの北の防壁、っていうのは」


 「それで?」


 「防壁があるのは街の外、森の中にまではいったところだ。余所者よそものがひとりでのこのこ見物に行くと、ひょっとすれば迷ってしまうかもしれん。お前が今日当たり帰ってくるって話をしてみたら、案内を頼みたいって言ってたんだ。報酬も応相談で」


 「本当?」


 思いがけず、臨時収入が稼げそうな話にわたしは鼻息を荒くする。 


 「ああ、噂をすれば何とやら、じゃないかな」


 爺さんが顎をしゃくったのにつられて、入口の方に首をめぐらせたわたしに、爺さんは続けて声をかけた。


 「たしか、名前は、ボブ、とかなんとか言ってたぞ」


 背の高い人影が事務所の入口に姿を見せ、部屋に入ってくる所だった。



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