第10話 砦の食堂


 石像を後に、わたしはすっかり日の暮れた街を北へと向かった。

 目指すは「とりで食堂しょくどう」だ。


 「砦の食堂」というのは、庶民向けの軽食を主に提供している料理屋の名前で、犬耳の獣人夫婦が店を仕切っている。そしてわたしの借りている部屋の大家でもあった。

 どういうつながりがあるのか教えてくれなかったのだが、部屋の紹介は、師匠が取り持ってくれたものだ。


 いちおう家賃は渡しているのだが、後になっていろいろ街の事情がわかってくると、相場の半額といっていいぐらいの値段だった。そのうえ、頼まれた時に、料理の配膳や、もろもろの雑用をいいつかることを条件に、朝と晩の食事を出してくれるという好条件だった。まあ、下宿人兼雑用係みたいなものか。


 師匠はいったいどんな手を使ったというのだろうか。

 つきとめてみたい気もしたのだが、せっかくの好条件をフイにしてしまっては元も子もないので、師匠にはあえて詳しく聞いてみようとは思わない。

 今の所、わたしのノルクナイにおける立場というのは、どこまでいっても中途半端なものなのだ。


 日が落ちた後は、道沿いにならんでいる家の窓から漏れてくる、確かなともしびがそれぞれの室内の住人の暮らしをしのばせ、目をにじませる。

 ひっそりと街全体におおいをかけているような月の光が、わたしにそっと触れて、道の先をほの白く浮かびあがらせ、導いてくれているようだった。


 その月を、もし振り返って見上げてしまえば、どこかに隠れてしまって、空の中から見えなくなってしまいそうな気がしてならなかった。

 振り返ってじかに月を見てみたい気を抑えて、砦の食堂までの道のりを急いだ。


 食堂の入っている建物は、全体としては箱型をした二階建ての建物だった。

 外側は、街の北部でよく見られる蔓状つるじょうの植物が全体をびっしりとおおっている。街の北側はどの建物もこの植物で外側が覆われていた。


 同じような建物と同様に、そのほとんどどが遺跡時代に作られたもので、なぜか一階と二階はつながっていなかった。たぶん、階段は別の素材を使って建物の外に付けられていたのだろう。窓や、入口自体は、ちゃんと空いているのだ。今は、それなりにがっしりした木製の階段が植物で包まれた建物の脇になにくわぬ顔で腰を落ち着けている。


 そこまでは隣近所にある建物とほとんどかわらないのだが、というよりみんな植物が外観を隠しているので、見た目はみんな似たようなものになっているのだが、屋上にあたる部分に、大人ふたりが手を広げればいっぱいになるくらいの幅をした、小さな小屋が付いていた。


 なので、箱型の建物と言っても、形としては、なんというか、親指を立てた握りこぶしのような外観になっていた。

 もっとも、親指というにはちょっと下の階に対して小さすぎる比率の小屋だけどね。

 小指を立てた、と言い直したほうがいいのかな。でもこんどは小指ほどほっそりしたかんじの見た目でもないしなあ。


 店主の夫婦は、二階にあたる部分で寝起きしており、屋上は、洗濯物を乾す時に使うくらいで、その小屋は、特に何に使うというのでもなく、放置されていたのだ。


 たとえば、この遺跡を造った種族たちで、このあたりがにぎわいをみせていた頃には、もっといろんな素材で作られた建築が密集してここいらに身を寄せ合っていたため、場所を確保するために、ひと工夫することが必要だったのかもしれない。


 今となっては、知るすべはないけれど、前世紀の種族の気まぐれのおかげで、わたしは自分の寝床をノルクナイの北はずれに手に入れたのだ。


 ノルクナイは「砦の食堂」の屋上親指小屋。そこがわたしの住所というわけだ。


 食堂の前にたどり着き、看板の絵を見上げながら、ちょっとそんなことを考えた。

 斧と弓。その両脇をスプーンとフォークではさんだ絵、「砦の食堂」の看板にはその絵が大きく画かれている。


 看板のすぐ下に、食堂の入口の扉があった。


 まだ「営業中」、の札がかかっているけれど、街なかであっても、日が落ちれば、ほとんどの人は家路を急ぐ。

 今の時間なら、店の中はすいているはずだ。いるとしても、となり近所の常連さんばかりだろう。

 わたしは、扉をそっとあけて、中へ入っていった。


 「オルタ、ただいま帰りましたにゃー」





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