第2章 北の砦と果ての森
第8話 ノルクナイへと続く道
翌朝、師匠の家を後にしたわたしは、街道へと戻り、ノルクナイへの帰路についた。
わたし達ノルクナイの住人からしてみれば、「北の果ての森」という呼び名で思い浮かべるのは、ノルクナイの街を境にしてその北に広がっている広大な常緑樹の森林地帯のことだ。
しかし、マリカル市の住人達は、わたしが師匠の家に来る前に越えてきた山のあたりを境にしてその北側にひろがる地域全体をひっくるめてそう呼んでいた。
つまり、マリカル市からすれば、おおよそそれくらいの大雑把な捉え方ですませてしまえる程度の間柄であり、つきあいだったのだ。
マリカル市からノルクナイへと向かう訪問者は少ないが、その逆向きの移動はそれと比べてみると多少はあった。しかし、街道の整備のされ方からすると、もっと交流があってもいいような気がしないでもなかった。
生活に必要な最低限度の流通以外は、お互いに避けあうことを街どうしが暗黙の了解事項としているかのようだった。
そこには、これといったいがみあいや、いさかいの影があるということではなかったのだが、まるではやり病がこのあたり一体に
そして、そのふるまいは、数十年から、ひょっとすると数百年の間ずっとそのままこのあたり一帯に停滞していることらしいのだった。
実際に広がっている地形の具合はというと、師匠の家のあたりから、ノルクナイまでは、湿地と、草原、そしてまばらな林や森がそこかしこに点在していて、生えている木の種類も北の森のものとは少し様子が違っていた。
ここら辺りの森は、丸っこい葉を付けている物が多く、冬になれば葉を落とした。
皆がヤネノ木と呼んでいるそれは、名前の通り、幹の上部の方に集中して四方に枝を伸ばし、その林は、遠くから見ると何本もの支柱に支えられた緑の屋根のように見えた。
そのように点在する、不
その乾いた土の上に立ち、わたしは前方に目を向けていた。
森をはさんだ街道の反対側は背の低い草原が広がり、ずっと向うで地平線をかくしている緑の一群の方まで野原を
そのなかにあちこちに淡い色合いの花の
上空に浮かぶ雲は、お城か砦のようにぶ厚く、風に流されずにいつまでも居座っているように見えた。
陽が頭の上に高く上る頃まで歩けば、道は継ぎ目のない石畳の道へとやがて変わり、ひと休み入れたとしても日暮れまでにはノルクナイの街中に入れるだろう。
かつて師匠の家で暮らしていた頃は、この道は、わたしにとっては本当にたんなる道でしかなかった。しかし今のわたしにとってはノルクナイへ戻るための道のりだ。
わたし自身が選んだ目的地へと続く道なのだ。
わたしが食事をし、働き、どうにかこうにかやりくりしながら、やすらかな眠りを手にする居場所を、たしかに作りあげなくてはならない土地なのだ。
ところがどうやってその居場所を確かなものにしたら良いものか、正直、わたしにはまったく自信がなかった。
何をやったらよいものか。さっぱりわからないのだった。
「にゃんだかニャア」
森の奥の遠い方角から、風が吹き寄せてきて、森を、草原を、いっせいに揺らした。
手を振るかのように元気一杯に揺れている淡色の花たちに少し慰めてもらったような気にがして、やっとわたしは一路ノルクナイへと歩き始めたのだ。
マリカル市がそうであるように、ノルクナイもまた、旧時代の遺跡の上に、使えるような建築をそのまま利用する形で、築かれた街だった。
そこに違いがあるとすれば、森に近接しているノルクナイは、人口の低下と共に呼応するようにして徐々に北の端から森に飲み込まれつつあり、実はその北部のそこかしこの部分で、樹木が生長し、街の北端は完全に森と一体化してしまっているということだった。
いくつかの建物は、たとえ遺跡時代のものであっても地下から木の根がその土台を押し上げ傾かせ、あるいはその壁の全体を何本もの樹木が絡み合うような根っこでおおいつくし、街と森とを一体化させているのだった。
そして、そのように南へと勢力をを広げてゆく森林に対して、対策をたてる人手を割くほどの人口は、もうノルクナイには残っていなかった。
遺跡時代の建物は、非常に堅牢であり、街の人口に対して、利用可能な建物の数の方がいまだに数多く残っているという状態だったためということもあるのだろう。
その他マリカル市と大きく違っているところといえば、遺跡時代の建築以外で新しく建てられているものに、木造の建物が多いことだろう。
それでも市街地の空き地に便宜的に作られた倉庫や、建物同士をつなげる穴埋め的なものがそのほとんどで、ノルクナイの住人は、その住処に関しては、その歴史も知らない先史時代の遺物の恩恵にあずかって暮らしをたてているのだった。
ひとつだけ言えることとしては、たしかに遺跡時代の建物はその材質からしてとんでもなく頑丈ではあったが、それだけに、わたしたちの知り得る技術ではいまだ同じ物を作ることができず、何かの理由で、万一それが壊れてしまった場合に、復元は不可能であるということだった。
もうひとつの問題として、たとえその頑丈さから、建物がその形を保ち続けたとしても、南へと
ただしそれは、おそらく何百年か先になっての話のことだ。
自分自身の居場所をどうにか作りあげようとすることで、精一杯のわたしに、何ができるというのか。
日がだいぶ傾いてきた頃には、わたしはノルクナイの
わたしの目指すねぐらは、街の北側、つまりもっと北の森に近い方にある。
あともう少しの距離だ。
やっとのことで、わたしは、にゃー、と一息つくことができた。
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