第5話 石と時、わたしはその名を知っている


 「そうそう、忘れてた」


 そう言って隣の部屋へ消えると、しばらくごそごそやってから戻ってきた師匠が、持ってきたものを、机の上に置いた。


 短剣、というにはちょっと小さめの、まあ、包丁ぐらいの大きさのナイフ。それと、見た目には、水晶のような材質でできた小型の円柱型のもの。こちらは、師匠の片手でもすっぽり収まるくらいの大きさだ。


 師匠が眼で合図したようなので、机の上の物を検分してみる。

 どちらも見た目から予想していた重さよりはずいぶん軽いことに驚いた。


 「これ、……は、プラスチック。こっちは、セラミック ナイフ?」


 正体のわからない円柱を一旦置いて、ナイフの鞘を払うと、真っ白な刀身が見えた。


 「ふーん。そういう名前の道具なの?」


 「たぶん……、あっ いや、男のロマンと誇りの香りに高貴なるわが魂が高揚し、鋭く研ぎすまされた感性がなにより的確に導き出した、世界でただひとつの名前でしたが、お気に召しませんでしたか?」


 「ふーん」


 「いや、正直ふっと思いついた言葉が出てきただけで、意味なんてないですよ。何も関係はないと思います」 


 師匠が疑いのまなざしを向けてきたので、わたしは正直に説明した。


 「石剣、は見たことがありますが、こっちはなんですか?」


 ナイフを鞘に戻して、もう一方の円柱を取り上げる。こちらも硝子か、水晶にしてはずいぶん軽い。そのせいか、心もち手触りも暖かい感触がした。中に、涙腺形をした大きな気泡がふたつくっついて見える。


 「砂時計?」


 「知ってるじゃない」


 「いや、砂入ってないじゃないですか」


 「あら、そうだったかしら」


 伸びて来た手に軽水晶の砂時計もどきを渡すと師匠は月明かりをすかすようにして、中身を確認した。


 「ないわね、確かに」


 「もしかして、何か、エーテルと関係あるんですか?」


 「たぶん、としかわたしにも言えないわね。夜にじっくり見たのはわたしも初めてなの」


 エーテルは世界じゅうに満ちている、光を伝達する物質、と言われている。ただし、それをきちんと証明できた人はいない。なぜなら、ほとんどの人がエーテルの存在を感知できないからだ。と師匠がむかし話していたように思う。


 わたしのように、エーテルの濃度を感知できるものが時たまいる、ということと、エーテル柱が建てられていない、市外や、街道から離れた場所では、日中でもしばしば、蜃気楼しんきろうやまぼろしのたぐいが出ることは、よく知られていたし、わたしはまだ経験したことがないのだが、光線嵐こうせんあらしといった名前だけで恐ろしげな現象が起きていると確認されていることから、経験的に導き出されていることだった。


 エーテルが薄いところでは、光の伝わり方が、ひどくいびつになるらしい。ただし、その現象の現れは、ひどく気まぐれで、どうにも法則がたてられないものだった。

 ただ経験的に、エーテル柱を置いておけば、付近に異常が起らなくなることだけは、確かめられていた。


 さらに言うと、夜になるとエーテルの濃度は急激に下がると言われている。あるいは活動が弱まる。といったら良いのだろうか。何しろこれもよくわかっていない。起っていることをとにかく説明するとこうなる。といった程度のものでしかなかった。


 わたしが小さかったころ、「夜はエーテルの踊るとき」という歌を師匠が歌ってくれたことがあったが、わたしはそれが一番ぴったりくる説明だとおもう。

 夜の世界は全体が気まぐれなのだ。たとえ街道沿いであったとしても、夜に歩くのは自殺行為だとされていた。


 「昼間は、見えていたんですか?」


 「砂というか、細かい硝子の粉か、水みたいに透明にみえたわね」


 「へえー」


 いくらエーテルが踊る時間といっても、手にとって見ることができる距離のものが見えない、というのは変な話だった。


 「気に入った?」


 「まあ、ふしぎだなって」


 「ならどっちも、あげる。お使いのお礼よ」


 「え? 代金は最初にもらってますよ」


 買出しの品物の代金は、あらかじめ師匠から確かに受け取っている。そして値切って増やした品物は自分用に別の包みにしっかり確保してある。


 「だから、今までの分も含めての、手間賃がわりよ」


 「いや、これ遺跡時代いせきじだいのものでしょ、けっこうな値段が付くんじゃないですか。そんなもの受け取って、後で何要求されるのか、えらい怖いじゃないですか」


 「後半、口に出てるわよ」


 「お気にならず。わざと言いました」


 「ぷらすちっく、とせらみっくないふ、か」


 そうつぶやくと、師匠はわたしの方を見て、おごそかに、そしてひとつひとつの言葉をじっくりと味わうかのようにゆっくりと言った。


 「その男のロマンと誇りの香りに高貴なるオルタの魂が高揚し、鋭く研ぎすまされたオルタの感性がなにより的確に導き出した、世界でオルタだけが知っているただひとつのオルタ専用の名前」


 喜、か哀、の第三段階くらいの笑みをうかべている師匠の顔が、なんだか見ていられなくて、というか見たくなくて、さっと眼を伏せた。


 これ以上師匠の顔を見ていると、何か奇声をあげて外に飛び出してしまうような気がして恐ろしくなる。夜の出歩きはたとえこのあたりでも用心したほうがいい。


 なんで全部覚えてるんだろうこの人。どこかに書き留めたりしてるのか。あとオルタ言い過ぎだ。


 「その名を聞いて、確信したのよ、オルタ。あなたにふさわしい品だと。持って行きなさい」


 もう、顔を見る勇気はなかったが、たしかに半笑いの声で師匠がわたしに告げた。

 わたしは無表情にうなずき、品物を受け取った。


 全身が、だらりと下がった尻尾のようになった気分だった。


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