第4話 お茶はぬるめの方がいい


 荷物を降ろして、ひとまず手と顔を洗わせてもらい、人心地をつけてから、夕食の席についた。


 野菜がたくさん入ったシチューと、パンという献立で、肉はやっぱり入ってなかったけれど、まあそれはいつものことだった。おかわりはさせてくれたしね。

 わたしが、一杯目のシチューを腹におさめるまでは、師匠も特に話しかけてくることもなく、食卓は静かなものだった。

 チェリザーロも目の前の椀に視線を落として、自分の分を黙々と食べていた。


 師匠が言葉を発したのは、わたしがさっそく二杯目に取り掛かろうとしたときだった。


 「で、天使は、どんなふうだったの?」


 そう尋ねてきたので、今日見た天使について話した。


 と言っても、師匠はもう何度も見ていることはわたしも知っていたので、今回のは、相当高い所にいたのか、それともそれほどの大さがなかったのか、見た目は、えらく小さく見えたということや、速さ、飛び去っていった方角などについて、要点をかいつまんで話すだけのことだった。


 天使の話に興味を持ったのか、チェリザーロが、たいらげた椀を横にずらして、こちらの方を見つめて来る。

 ちょっとだけ待ってみたのだが、むこうから話しかけてくる様子はなかったので、こちらから、


 「天使、見てみたいかい?」


 そうチェリザーロに聞いてみると、わりとはっきりと頷いたので、


 「師匠から天使の話を聞いたことはあるの?」


 と尋ねると、もう一度はっきりと頷いて


 「天使って、空の上で何をしているの?」


 こてん、と首を傾けてわたしに尋ねてきた。


 「まあ、飛んでるな、こう、ついーっとまっすぐ、どこまでもまっすぐ」


 「降りてはこないの?」


 「今までそんな話は聞いたことがない」


 「空を飛んで、何を考えているのかな?」


 「さあ、ほんとうは生き物かどうかもわからんしなあ。ただ昔から天使と呼ばれているだけで、あれが一体何なのかは、まったくのところ、何もわかっていないんだよ」


 「師匠も同じこと言ってた」


 「わたしも、師匠からおしえてもらったことだしね」


 食事が済むと、チェリザーロとわたしとで片付けをした。

 その間、師匠はわたしの体を拭くためのお湯を鍋に沸かしてくれていた。

 お湯が温まる前に、チェリザーロがとうとう、うとうとし始めたので、師匠が寝床へつれて行くことにして、わたしは師匠からお湯の番を引き継いだ。

 師匠が戻ってくる頃には、鍋の中の湯も体を拭くのにちょうどよい頃合いになっていた。


 たらいに湯を移した後、あまった湯を鉄瓶てつびんに移しながら、これでお茶を入れるから、あとで飲みにきなさい、と師匠に言われた。

 そのお湯を使うのか、という気が起きなくもなかったけれど、まあ、実害はないか、と素直にご馳走になることにした。



ーーーーーーー


 「チェリもちょっと見ない間に大きくなったでしょ」


 茶碗をふうふう吹いていると、師匠が話しかけてきた。

 楽、の一段階目といったところの笑顔だった。

 ふむ、と少しお茶をさます間をおいてわたしは答えた。


 「人の話はわりと注意深く聞いている。わたしにはあんまり話しかけてこないけど、言葉以外の方法で、自分なりに意を通す方法を心得ているみたいだ。たぶん、会話の言葉以外の部分からも、何かしら感じ取っているんじゃないかなあ。今持っているものを、自分のやり方で使っている。ーー自分のできることと、やりたいことの兼ね合いをうまく都合つけることのできる娘なんだろうね。かしこい子です。 アっツっーー」


 「ーーしっ師匠の育て方が良いんでしょうね」


 「噛んだ」

 「ああ、おきになさらず。わざとです」


 ちょうど良い温度になったと判断したお茶をさっそく口に含む。

 醗酵させた茶葉独特のさわやかで暖かな香りが、額を撫でるように通りすぎると同時に、ほのかな渋みが、舌を引締める。

 だけど最後に残るのはほんのりとした甘い味の温かみ。


 「師匠の入れてくれるお茶も絶品ですにゃあ」


 よし、喜、の二段階め。たぶん。

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