テスト・パイロット〜その4〜
「うわっ! 」急加速した機体、奏志はケーブルに支えられなければ今頃ディスプレイに頭を打ち付けていただろう。どうやら踏み込み過ぎたようだ、加減が分からないどうにも扱いの難しい機体、こういった手合のものに乗るのは初めても良い所だからなぁ……奏志は気合を入れ直すために操縦桿をきつく握った。グローブがギチギチと音を立てる。
「今の速度でもまだ最高速度の半分しか出てないみたいですね」変態の作ったスペック表を見ながら明希は呟いた。今ので半分……流石は全身に、もとい全球にスラスターを搭載したゲテモノマシンなだけある。明希は半分、と言う言葉を噛みしめると、奏志に次はある程度の旋回を行うよう促した。
(なかなか簡単そうに言ってくれるじゃあないか、でも女の子が見たいって言ってんだ。ましてやそれが原嶋さんなら尚更だ)奏志は了解の旨を伝えると、ペダルをゆっくりと踏み、一定の速度を保ちながら操縦桿を倒した。蒼い閃光がモニターの端に映ったと思うと、途端に機体はきりもみ状態に陥り、広い宇宙の中で左とも、右ともなくグルグルと回り始めた。
「ピーキー過ぎるよ! この機体は! 」機体の姿勢を整えながら奏志は叫んだ。一回、旋回を行なおうとしただけでこのザマであるから、当然他の人が乗っても同じ結果であっただろう。自分の技量のせいではない、と奏志は意味のない自己保身にひた走った。
「同感です! 」明希は振り回されるコックピットの中で、スラスター噴射速度のデータを再編し、ソートしてから頭を抱えた。どう考えてもこの機体は学生に扱えるものではない。一応有事の際に備えて、教練を受けていると言っても、あくまでも演習機である。それに……私だって火器管制には自信があったのに……機体の過剰なまでのパフォーマンスのせいでAIの補助領域が拡大されていても、その殆どが機体の制御に用いられてしまって一切データの処理にAIが回ってこない
そうだ! それがいけないのだ。これだったら他の人がやってもこのザマであっただろう。明希も意味のない自己保身にひた走った。しかし、篠宮くんだって血眼になり、汗を流しながらも(例え機体を独楽のようにグルグルと回していても)頑張ってくれているのだ。「頑張ろう」と言ったのは私だ、頑張らなくてどうする、という考えも同時に頭の中に浮かんだ。明希はスラスターの噴射のバランスを取ろうとするも、データが打ち込まれる前に再び機体が回り始めた。
「ぐわっ! まただ! ごめん原嶋さん! 」今度は縦に回る機体、
「すいません! データの打ち込みが間に合わなくて……きゃっ! 」その後も右へ左へ前へ後ろへと回る、回る、回る。さながら赤子の手に取られた地球儀のように延々とグルグル回り続ける。そんな二人の視界に『出雲』が映った。射出口が開いている。
『君たち、気をつけないと風城くんたちの『クルセイダー』がぶち当たるよ、早く避けてね』鈴木は機体に振り回される二人を見て楽しそうに笑った。
「一回止めるよ! 」奏志は声を張り上げると、ペダルからは足を、操縦桿からは手を離し、機体をニュートラルな状態に持ってきた。しばらくの間噴射の余韻でゆっくりと回り続ける機体。
「この機体は激しいですね……一回の挙動が、おまけに実地テストが殆ど行われていないせいで機動が統制されてないんですよ」明希は不満を漏らした。
「こんなの、誰も乗りたがらないよ」奏志は唇の端から八重歯を覗かせて笑った。
「だから、なんですかね? 」明希もそれにつられて笑う。二人が見つめる少し前を『クルセイダー』が危なげない機動で飛んでいった。
「いやぁ〜やっぱ速い機体はいいなぁ〜ッ! 」風城は漆黒の宇宙を駆ける感覚を全身で味わっていた。
「武装も単純でやりやすいのもグッドね! 」珠樹はモニターの端に映る向こうのコックピットの様子を見やった。二人とも、ピーキーなあの機体に振り回されて意気消沈している。可哀想に……珠樹はそうは思ったものの、どうにも出来ないのは自明のことだったので黙っておいた。
「ちょっとあいつらをからかいにでも行きますか」風城もモニターを見やり、悪戯っぽい笑みを浮かべると、見せつけるようにわざと複雑な軌道を描いて飛び、ウニの正面に躍り出た。
「ちょっとアンタ、明希ちゃんイジメたりしないでよね! 」
「なぁに、ちょっとだけ奏志に喝を入れてやるだけだっての」
「ならいいんだけど……」いいのかよ、そう思いつつも風城は回線を開いた。
「どうだい? 調子は」ヘラヘラと笑う風城
「良さそうに見えますか? 」奏志は物凄く不機嫌な顔で風城を睨んだ。その形相を見て風城はたじろぎ、それ以上何を言おうともしなかった。これがコックピット越しでなかったら、恐らく奏志は風城のニヤついた顔面に拳を叩き込んでいただろう。
「明希ちゃん、大丈夫そう? 」
「全然ダメですよ、なんとかして下さい〜」奏志とは対照的に、明希は助言を求めた。
「ごめんね〜どーにもならないのよ〜、あっ」珠樹は平謝りすると、次の指示が入ったふりをしてさり気なく回線を閉じた。
「ちょっと珠樹さん? あれ? 」
「どうしたの? 」奏志がヘッドレストから頭を出すと、珠樹が回線を閉じた事に当惑した明希がいた。
「回線、切られちゃったみたいです……」
「結局のところ、この機体はあの人たちの手にも負えないってことだね……」
「そうみたいですね……」明希は力なく微笑んだ。
『君たち、そろそろ機体には慣れたかな? まぁ、勿論無理だよね、という訳で無理を承知で言うよ、これから所定の宙域に三百機の高機動戦闘ドローンを放つ、全部撃墜してくれたまえ』明希の言葉を遮るようにして鈴木は次の指示を出した。
「無茶ですよォ……」奏志は嘆くように言った。
『出来なきゃクビだ、話が簡単でイイだろぉ? 』
「分かりました、一回乗っただけでクビは困りますからね」
『分かればよろしい、宙域のデータは送ってある。死んでも辿りつけ、いいな! 』鈴木は自分で確認をとっておきながら回線を切ろうとした。
「ちょっと待ってください! なんでこんな機体作ろうと思ったんですか? それだけ聞かせて下さい」
『紋切り型でステレオタイプな量産機など作っても面白くなかろう、そういう話だ。お前に預けるなんて勿体無いエンターテインメントの詰まった機体に仕上がっている。まぁ楽しんでくれたまえ』鈴木は回線を閉じた。
「目標宙域のデータ来ました! ここから三キロ先のデブリ帯です」
「了解、途中でまた回っちゃうかも……」へへへ、と奏志が軽い笑い声を上げる。
「それは百も二百も承知ですよ」明希は少し楽しげに言った。
ペダルをゆっくりと踏み込む奏志、ウニは徐々に速度を上げていく、慎重に慎重に、少しずつペダルにかける荷重を強くしていく、そのうち最高速の半分まで加速することに成功した。少しずつコツが掴めてきたみたいだ、得意になった奏志は操縦桿を倒してみる、滑らかに円弧を描いてゆく機体、蒼い粒子の帯がリボンのようにふわりとなびいて広がっていった。
「やった! 出来たよ! 」思わず声をあげる。伊達に三十分以上グルグル回ってたわけじゃない、そんな想いが奏志にはあった。
「やりましたね! よかった……」自分のことのように嬉しくなって、明希も喜んだ。三十分以上振り回された甲斐があったというものだーーー
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