テスト・パイロット〜その3〜
「嫌だーッ! 乗りたくないーッ! あんな変態が作った機体なんかに乗ったら、俺にも変態が
こうもまぁ、大きな声で変態呼ばわりされると頭にくるものだと鈴木はモニタリングルームの中で一人、感慨に耽っていた。
『ゼー・イーゲル』のコックピットハッチは既に解放されており、新たなパイロットを迎えるべく首を長くして待っていた。
「ゴタゴタ言わずに乗りやがれ、この野郎! バイト代差っ引いてやってもいいんだぞ! 」風城は嫌がる奏志を無理矢理コックピットに押し込む。ハッチに四肢を引っ掛けて拒否する奏志、
「明希ちゃん……なんとか言ってあげて」この様子を見かねた珠樹はやれやれ、といった様子で明希を促した。
「ねぇ、篠宮くん、機体は確かにさっきの変態が作ったものだけど……」明希の言葉に奏志は四肢の力を弱めて振り向き、風城は奏志を押し込むのをやめ、鈴木はモニタリングルームで歯噛みした。
「性能はお墨付きじゃないですか、それに……一緒に行こう、って言ってくれたのは篠宮くんでしょう? 」明希は微笑みながら言った。
「そうだったね……何をやってるんだ俺は……それじゃあ、乗ろうか」奏志は口を固く結び、キリリとした凛々しい顔でコックピットに向かう。それを優しく見つめる明希、傍らでは風城が額に手を当てて呆れ返り、なかなかどうして変わり身の早い男だ、と奏志の後ろ姿を反芻していた。そうしている間に、奏志はコックピットのシートに腰を下ろした。
「なかなか広くて良いじゃないですか、機体の外見を気にしなければ中々良い出来ですよ! 」さっきまでの様子と打って変わって楽しげに奏志は叫んだ。
『君は一々一言多いね、だが天才の発想についてこれたことは評価しよう。戦闘が長引いて、その上コックピットが窮屈だと、パイロットの負担が大きくなってしまう、それを防ぐための……いわば、私からのほんの少しの気持ちだ』中央のディスプレイに映った鈴木は少し嬉しそうに言った。
「それじゃあ私も、もう行きますね」明希は手早く髪をまとめると、床を蹴ってふわりと浮かび、コックピットの中に消えていった。ほどなく、明希の口からも感嘆の声が上がった。
「すご〜い、広いじゃないですか! シュミレータなんか比べものになりませんよ! 」
そんな二人の様子を風城たちはぼーっと見ていた。
「良かったわ、明希ちゃんがいてくれて、もしかしたら奏志くんはまだゴネてたかも知れないもの」珠樹は二人の様子を見てからため息をついた。
「まったく、男ってのは単純でいけないよ」風城はニヒルな笑みを浮かべる。
「アンタだってその男じゃない」
「うるせーなぁ」照れくさそうに笑うと、風城もそそくさとゼー・イーゲルの隣に佇んでいる白銀の巨人の元へと急いだ。
『AX-38Ⅰ、クルセイダー』ゼー・イーゲルと比べるとプレーンなように思えるが、アレがおかし過ぎるだけだ、コイツは基本性能の高い機体に様々なオプションを装着することによって汎用性を確保しつつ、とんがった性能が得られる、こないだは二五式に擬装するためのリアクティブ・アーマーを装着した試験の後に
『それじゃ、そろそろ開始時刻だ。カタパルトに機体を持ってくよ』鈴木の言葉に合わせて、まずはゼー・イーゲルを係留していたケーブルが引き上げられていく、格納庫の天井の一部が開き、長いカタパルトへと機体が運ばれた。どこにも接続部位がないのにも関わらず電磁カタパルトの中へと誘導は進む。
『ゼー・イーゲルのパイロットはOSを起動してくれ、それから……すぐにスタンバイモードから戦闘モードに移行すること! 分かったな! 』
「了解です」了解とは言ってみたものの、まったくの初見の機体を動かすことなど出来るのだろうか……ましてや人の形すら成していないゲテモノを……奏志は首を捻った。
「すいません、これを上手く扱えるか分からないのですが……あと、カタパルトで良いんですか? 接続部位が無いのですが! 」
『上手く扱えなかった時はクビだ、覚えておけ、ここの奴らよか大分マシだからお前のようなアホが選ばれたということを忘れるな。それからカタパルトなんて腑抜けたものはいらん! ゼー・イーゲルには不要だ! 』手厳しいッ! 奏志は額を軽く叩くと、OSを起動した。
様々な情報が全周囲モニターに映し出される、無機質なカタパルトの内部の様子がありありと映し出されているその隅で機体の起動プロセスがスタートした。そしてそれが終了する間際に『人機一体』の文字が浮かんで消えた。
「大丈夫そうですか? 」額に手を当てて一人で舌を出していた奏志に明希は声をかけた。
「どうだろう? でもやれるだけやってみるよ」
「頑張りましょうね」明希はニッコリと笑った。
「もちろん! 」後ろに明希が乗っているというだけで奏志の胸は高鳴っていたが、さらに頑張りましょうね、等と言われては最早、胸の鼓動は張り裂けそうな程だった。奏志にとって頑張らない理由など微塵も存在しなかった。
「システム、戦闘モードに移行します」
「ありがとう、原嶋さん」どういたしまして、と明希が言ったのが奏志の耳に届いた時、シートから数本ケーブルが伸びてきてパイロットスーツの各部と接続した。どうやら対G用システムの一部らしい。パイロットスーツのプロテクターと言い、対G用の装備が多すぎるどれくらいの負荷がかかるのだろうか、奏志の危惧をよそに再び鈴木の声が響いた。
『ゼー・イーゲル発進準備、いいか、もう一度言っておく、くれぐれも壊すんじゃないゾ』ヘルメット推奨だ……小さな声で付け加えた鈴木は、何やら掴みどころがない表情をしていた。
「ゼー・イーゲル、機体各部、及びシステム良好、経路確認、発進どうぞ! 」オペレーターの声が響く
「了解! AX-38Ⅱ、ゼー・イーゲル、出ます! 」
カタパルトの天井についたランプが赤から緑に変わると同時に、奏志はペダルを大きく踏み込んだ。瞬間、ウニの後方に青白く、太い光の帯が広がり、機体は一気に最高速度まで加速した。カタパルト無しでも十分過ぎるほどの速度だ。奏志がニヤリと笑った時、凄まじいスピードと圧力でパイロットスーツが収縮した。しかし、時すでに遅く、彼の視界は暗転と明転を起こした。シートに押さえつけられる感覚も従来機のそれを遥かに凌駕している。奏志は一瞬の間に駆け抜けていったそれらの感覚に酔っていた。
『何のためにヘルメットをやったと思ってるんだ君は……? 推奨だと言ったぞ、原嶋さんを見たまえ、ヘルメットのおかげで元気だ』
「はい……? 」グラグラと揺れる頭を抱えて奏志は振り向いた。
「大丈夫ですか……? 」明希はヘルメットをしっかり被っていた。そのおかげかどうかは分からないが元気なことは確かだ、少なくとも、俺のようにフラフラはしていない、あんなヘルメット一個で何が変わるのだろうか、そう思ったものの、奏志はおとなしく足元に浮かんでいたヘルメットを拾い上げて被った。
途端に不快な感覚は影を潜める。奏志の顔に血色が戻ってきた。眉をぴくりと動かした奏志の様子を見て鈴木はだから言っただろう? と言わんばかりに気味の悪い笑みを浮かべた。
『すごいだろう、Gによる負荷がかかる度に特殊な薬剤を充満させるようになっているんだよ』
「ヤバイんじゃ無いんですか? それ」
『そんないかがわしい物は使わんよ、しっかりと検疫局のチェックは受けてある』
「さいですか」そう言った奏志の苦笑をよそに、鈴木たちは『クルセイダー』の発信準備を始めていた。
『五分やろう、適当に機体に慣れておけ』その言葉の余韻が消えるか消えないかのうちにディスプレイが切れた。
「それじゃあ、いってみようか! 」
「はい! 」もう一度ペダルを踏み込むーーー
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