テスト・パイロット〜その5〜

 『所定の位置についたようだね、なかなか覚えが早くて実にいいよ、奏志くん。流石はブラックバイトで鍛えただけあって……センス以外の実力も申し分ない非の打ち所がないよ』鈴木は奏志を褒めちぎった。


 「いや、そんなでもないですよ、ただの学生です」奏志はヘルメットを撫でながら謙遜するように言った


 『いやいや、そんなことはない……だから』一呼吸おくと、ディスプレイに映る鈴木の表情が歪んだ。


 『戦闘用ドローンには実弾、ミサイルに荷電粒子銃ビーム・ガンを装備して射出してある。なぁに、心配は要らない、君の実力なら十分に破壊できるはずだ』狂気を湛えて歪んだ瞳、その鈍く光る眼光が奏志の全身を恐怖で刺し貫き、彼は言葉を失う。


 「嘘……ですよね」明希はか細い声で言った。


 『残念だが本当だよお嬢ちゃん、さっき僕のことを変態呼ばわりしたことを後悔するんだな! ハハハ』鈴木はひとしきり嘲笑するといきなり回線を切った。代わりにディスプレイには演習開始までの時間が浮かび上がった。残り2分、カウントダウンが始まる。


 「どうしよう……」奏志はヘッドレストから顔を出し、涙目で言った。レーダーには敵機を示す赤いマーカーがゼー・イーゲルを取り囲むように広がっている


 「ドローンは三百機……なんですよね? 」明希は小難しい顔をした。


 「うん」


 「だったら心配いりませんよ、この機体があの博士の説明通りのスペックなら五分で片がつくはずです」明希は何事もなかったかのようにサラリと言ってのけたが、最後に小さく、実弾には驚いたと付け加えた。


 「そうなのかな、うん、君がそう言うなら信じざるを得ないね」奏志は我ながら意味のわからないことを言っていると思いながらも、上手く戦えるように各部の点検を始めた。


 「出力良好、各部異常なし、センサー感度よし、これなら三百機くらい余裕そうだよ」さっきまで涙目であったのに、既に奏志は平静を取り戻していた。原嶋さんが後ろにいて、何か一言言ってくれるだけですごく安心する。口には出さなかったが、彼はそう思っていた。好きな女の子の前では誰だってそうなのかも知れないな、見栄をはらなきゃカッコ悪いもの。奏志は真っ直ぐに前を見つめた。


 「エネルギーフィールド収束率100%、荷電粒子砲ビーム・キャノン安全装置解除、これでいつでも戦えますよ、頑張りましょうね」明希も全てのチェックを終えて奏志に言った。


 「うん、ありがとう」その言葉と同時にカウントはゼロになった。


 ゼー・イーゲルの周囲を取り囲んだ黒い三角形のドローンから一斉に放たれる荷電粒子の帯、数百の光条が漆黒の闇を裂く、その直撃を食らった鋼鉄のウニは僅かに揺らいだが、傷一つつけられていなかった。


 「エネルギーフィールド収束率30%低下、意外と早いです、気を付けて」そう言いながら明希は機体のマルチロックオンシステムによる敵機の把握を素早く済ませた。


 赤いマーカーがジリジリと距離を詰めてきている、密集して二射目に入ろうとしているのだ。だがそのまま撃たせる気など奏志にはさらさら無かった。


 カチリ、小さく音がしてトリガーが引かれる、鋼鉄のウニの棘、その一本一本から同時に放たれた光の矢は、哀れなドローン百数十機を宇宙の塵と化した。流石は戦艦の副砲並の威力だけあるな、一瞬にして周囲のドローンのおよそ半分を灰燼に帰したのを見て、奏志はこれまた大変なものに乗ったものだと改めて感じた。


 「ミサイルおよそ700基、来ます! 」ロックオンの警告を聞いた明希が叫ぶ。全方位に対してほぼ完璧な攻撃、防御が可能な機体において、逃げることなど必要ない。ただ撃ち続ければミサイル程度造作もない、奏志は小気味よくトリガーを引いていた。殆どのミサイルはゼー・イーゲルまで500メートルくらいまで来ては撃ち落とされていく。動く必要は全くと言っていいほど無い。これほどまでに退屈な演習があっていいのかと奏志は疑問に思っていた。


 そして、演習開始から三分ちょうどには三百機あったはずのドローンを全て破壊してしまった。


 「原嶋さんの言ったとおりだったね」奏志は首をストレッチしながら言った。


 「いえいえ、私も言ったことに自信はもてなかったんですけど……まさかここまで呆気ないとは思っていませんでした」明希は苦笑した。


 『ふん、あんまり調子に乗るんじゃないぞガキ共め!! ここまではお遊び、茶番、前座、なんと言ってくれてもいいが、ここからが本番だよ。おい! AF小隊を3つ出せ! 全力で奴を潰させろ! 』鈴木が振り返って怒鳴ったのが映っている。


 『ほら、早くしろ! 愚図めが! 』鈴木に急かされたオペレーターが怯えた表情でパイロット達に取り次いだ。途端に全周囲モニターに浮かんだレーダーに赤いマーカーが映る。示し合わせたかのようにトントン拍子で進んでいく状況。正気かよあの野郎、この量の機体を出してくるなんて頭がイッちまってる……奏志は苦虫を噛み潰したような顔をした。


 「これでいいんですか? 鈴木さん」途切れた通信の裏でオペレーターの一人が訊いた。


 「ああ、迫真の演技だったよ。あそこまでやればよもやこれがプログラムの一つとは思うまい」とはよく言ってくれたものだとも思ったがね、と鈴木は小さく付け加えた。


 「少し酷な事をしたような気もしますが……」別のオペレーターが呟いた。


 「ああまでしないと『ゼー・イーゲル』が持っている本来の機動は見られないだろうからね、正直者オネストシステムも作動しないだろう? 」鈴木は得意げに言ったが、嘆息に似た曖昧な返事を受けて顔を曇らせた。


 「鈴木くん、調子はどうだね? 些か楽しそうに仕事をしているじゃないか」モニタリングルームのドアが開いて総司令である菊池が現れた。彼もこの日、新型試験機の性能を見るために『出雲』に来ていたのであった。


 「ええ、おかげさまで。ところで、なんでわざわざあんな年端もいかない、礼儀も弁えていない高校生をテスト・パイロットに据えたんです? さっきから私のことを変態変態と言って聞かんのですよ。まったく二世紀前のロボット・アニメじゃあるまいし……」鈴木はむくれたまま言った。


 「逆に、時代が追いついた。と考えるのはどうだね人型機動兵器を学生が扱えるほどに時代が進んだと言うことだよ、人間が夢見られることに実現出来ない事はない、そういう事さ」


 「司令、それは少々論点を外しているのではありませんか? 何か隠しておられるのでしょう、はぐらかさないで欲しいのですが……私としても居心地が悪い、というか……」鈴木は視線を真っ直ぐに彼の上司に合わせて言った。


 「そうだな、実際のところは……こう言うのもなんだとは思うのだがね、的な意味合いがあるのだよ。近年はパイロットの操縦技術も、AFに乗ることに対してのモチベーションも、同様に下落の一途を辿っている。そんな中で正規の軍人である自分達よりもバイト学生に栄誉あるテスト・パイロットの座が与えられたら? 当然、彼らの士気は上がるだろう。勿論、彼らの矜持を守るためにね」菊池は落ち着きはらっていた。


 「そんなことをお考えになっていたのですか……私のような一介の技術者の考えが及ぶところではありませんでしたよ」


 「分かればいいんだ。ほら、見てくれれば分かると思うが、もう効果が出ているよ」菊池はスクリーンの一つを指差した―――

 


 


 


 

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