それは早すぎる「再会」〜その4〜

 午後の授業は終わり、ホームルームも珍しく早く終わったため、奏志は急いで教室を出ようとした。昼の事を追及されるだろうと思ったためだ。彼が教室の扉に手をかけた瞬間、反対側に仙崎が待ち構えていた。


 「お、これから帰りか? 」随分とおとなしく、そう聞いた仙崎に奏志は恐怖すら覚え、


 「ああ、バイトだからな」咄嗟に嘘をついた。


 「仙崎さん、シフトです」横から突然現れた康司は恭しくシフト表を差し出した。顔色を変える仙崎、


 「お前さん、シフトなんて入ってないじゃないか、暇ならぁ、ウノでもやってから帰ろうよぉ」やけにねっとりとした口調で笑った。


 「あれ……シフト間違えてたかな? それじゃ、僕は急いでいるので」奏志がドアをすり抜けようとすると仙崎は彼の肩をガッシリと掴んだ。


 「貴様、訴訟だ! 訴訟! 」声を張り上げる仙崎に部活に行こうとしていた連中も彼の方を向いてニッコリと笑った。


 「仙崎ィ! しっかり頼むぜ! ソイツが転校生と喋れるワケなんて無いんだからな! 理由を押さえたら明日しっかり教えてくれよ! 」サッカー部の斎藤はカラカラと笑った。


 「あたぼーよ」仙崎は斎藤と拳を突き合わせると奏志の方に向き直った。


 「わっ、馬鹿! 」奏志はあっという間に五台の机に囲まれ、その中心の椅子に座らされた。


 「それでは、これより尋問を行う」仙崎が低く押し殺した声で言うと、まわりの皆が無言でコクリと頷き、奏志は震えた。


 「時に、君は何故、今日転校してきたばかりのはずの原嶋さんの事を知っていたのだね? 」


 「いや、だから……」どうせ言っても信じてくれないだろう、この間の騒ぎの時に助けた。なんて言っても……奏志は無言のまま下を向いた。


 「えぇ〜ぃ!! 四の五の言わずにはっきりせんか!! 漢だろう!? 」康司が叫ぶ。漢と言われたら自身の尊厳に関わる。奏志は覚悟を決めて口を開いた。


 「この間の騒ぎの時に助けました」周りの皆が目を丸くし、ポカンと呆けたように口を開けている。


 「マジで? 」仙崎の口調が元に戻った。


 「嘘ついてなんになるんだよ」


 「それはまたあれな感じだな、まぁ、そうでもなければお前のようなクソ童貞が転校生と話したりできるわけが無いもんな……うんうん、せっかく掴んだチャンスは大事にするんだよ、邪魔するけど」奏志は哀れみの視線を向けられた。


 「すいません、ホント……クソ童貞で」奏志が謝ると、机は元に戻され、難を逃れることができた。


 「これじゃあんまし面白くないんだよなぁ……斎藤も怒るゾ、理由が微妙だから」尋問を終え、駅に向かう途中、仙崎は言った。


 「そりゃ困ったな、斎藤に大目玉食いたくないよ」奏志が冗談めかして言うと、気をつけろよ、等と笑いながら仙崎と小西はのぼりのホームに向かって別れていった。


 「今回の件については、普段ついてないお前にしちゃ運が向いてる方だと思うよ」首が落ち着かないのか、左右にコキコキと揺らしながら康司は言った。


 「そうかなぁ? 」と、奏志はとぼけた顔をした。


 「そうだよ」


 「なら、そういう事にしとくよ」二人は丁度やって来たレールウェイに乗った。


 「なぁ奏志ィ、今度の兵科講習のAF操縦はペアのはずだけど大丈夫か? お前、一人席だから毎回後ろに西田乗っけてたろ」


 「西田ちゃんは数に入んないよ、からっきし駄目なんだから、あの人は……殆ど一人で動かしてるのと変わんないよ」奏志はヘラヘラと笑いながら言った。


 「だからだよ、なおさら人のっけて上手くやれるかって話だよ」康司は困ったような顔をした。


 「大丈夫だよ、あの娘は上手いぜ」何を言っているんだ、と言わんばかりの口調で奏志が言ったのを康司は聞き逃さなかった。


 「知ってるのか? 」


 「だから、こないだの騒ぎの時に助けたって言ったろ? あの時にAFにも乗ったんだよ……新……」と奏志は言いかけてやめた。新型試験機なんていうのは当然機密のはずだ。ペラペラと喋ってしまっては、そのうち黒服の男に囲まれてしまう。そう判断して口を噤んだ。


 「いいなぁ〜、素直に羨ましいよ、オマエのことが俺も後ろにあんな娘乗っけてみてぇよ」康司は羨望の眼差しで奏志を見つめると彼の肩を軽く小突いた。 


 駅につき、住宅街の路地で二人は別れた。奏志が家の前まで歩いて来ると、そこには風城の姿があり、奏志を見るなり目配せをした。


 「や、また会ったね」白々しい風城の口調に奏志は幾分か身構えた。


 「どうしたんですか? 」


 「君の処分が決定したんだ」穏やかにそう言った風城を見て、奏志は踵を返して走り出した。やっぱり処分はあったのだ! ここで捕まりでもしたら、恐らく大変なことになるだろう。大人はやはり嘘つきなのだ。その思いを胸にして一心不乱に奏志は走りつづけた。


 「ちょっと待て、ごほっごほっ、うわ! 変なとこ入った! ごほっ」取り乱しながら後をついてくる風城はどうやらむせて唾が変なところに入ったらしい。その様子に緊張感がないことを見て、奏志は少しスピードを緩めて風城の方に戻っていった。


 「大丈夫ですか? 」すっとぼけた顔をして奏志が聞くと


 「ああ、だけど、いきなり逃げるなよ! 」胸をしきりに叩きながら風城は不機嫌な顔でこたえた。


 「と聞いたら体が拒否反応を起こしましてですね、ハイ」奏志は照れくさそうに頭を掻いた。


 「と言ってもだな……」突然口ごもる


 「実は……お前をテストパイロットにしようという話が持ち上がってるんだ」風城は若干の間をとってから言った。


 「はい? 」


 「だから、この間の新型のテストパイロットにお前を使おうかって話だよ! 」


 「幾らなんでも急すぎませんか? 」


 「急にお前を使おうって話なんだよ! あとあの明希ちゃんもだけど……」


 「えっ……」奏志は明希の名を聞いて硬まった。バイトなら間に合ってます、今の職場は環境が良くて気に入っているからお断りさせていただきます。そう伝えようとしていた奏志だったが、喉元まで来ていた言葉を飲み込んだ。


 「どうだい? 結構いい話だろ? 」と風城は固まったままの奏志の肩に手を置いた。


 「考えさせてください」奏志が言うと、


 「OK、存分に考えてくれ、でもその前にお前のところのご両親にも一応話をしろって言われてるんだけども……今、大丈夫かな? 」風城は奏志に聞いた。


 「大丈夫ですよ、今日はたまたま父さんも休みですし」


 「それは良かった、色々な手間が省けるからね」


 


 

 



 

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