それは早すぎる「再会」〜その2〜

 チャイムが鳴るまでの短い間、西田はいつものように喋っている。


 「先生この間、水族館に行ったんですよ。ほら、火星基礎地盤の際にあるやつです。そこでアシカ君を見たんですが、まぁ〜ビックリしましたよ。飼育員さんの話だとアシカ君の体重は百六キロなんだって。そんで僕が百十六キロだからそうなると、僕のほうが米袋、勿論大きい方ですよ。小さいのじゃなくて、一袋分も重いって事になっちゃうんだな」随分と嬉しそうに話している。この人は一体何なのだろうか、奏志は頬杖をついたまま、担任の話を聞き流していた。


 チャイムが鳴ると、西田は手早く挨拶を済ませ、先刻とは少し違うかしこまった様子で立っていた。


 「今日は転校生の紹介をします」口を開いた西田はドタドタと大きな足音を立てて教室の外に出た。教室のあちこちでは議論が交わされていた。


 数分の後、西田は息を切らしながら戻ってきた。


 「さぁ、入って、入って」転校生に中に入るように促す西田。教室内に歓声にも似たどよめきがあがる。ワンテンポ遅れて顔を上げた奏志は弾かれたように立ち上がり、椅子を倒してしまった。


 まさか、本当に原嶋さんだったとは……!!! あまりにも唐突で、まさに計算されていたかのような美しいタイミング、その運命的な再会に奏志は心を踊らせた。なんということだ………今日から俺は神の存在を信じよう、至極真っ当な話だ。神は迷える仔羊に救済を与え給うた!! 奏志の頭の中をさながら一迅の風のように駆け抜けた思考が収まるのとほぼ同時に、二十四、もとい八十四の瞳が一斉に彼を貫いた。


 「ちょっと篠宮くぅん、どうしたの? 」西田がよく通る声で奏志を冷やかすと、嘲笑がさざなみのように広がっていった。


 「あっ、いやすいません」奏志が小さく頭を下げて座り直すと、その慌てた様子を見て笑い声が教室中にこだました。


 担任、そしてクラスメートから、これだけの仕打ちを受けていながら、奏志はまったく機嫌を損ねることなく、顔を真っ赤にしてはいるものの、背をしゃんと立てたまま席に座っていた。というのも、奏志の方を見ていたクラスの諸兄諸姉においては気が付きもしなかったであろうが、明希は奏志の顔を見るなり、小さく会釈をしていたのであった。ひとしきり笑いが収まると西田は明希に自己紹介をするように言った。


 教壇に立った明希は、酷く緊張した様子だが、その割には流暢に言葉を続けている。それを見ながら奏志とその仲間はしきりにハンドサインを送りあっている。


 『どうだ! 言った通りだろ! 』仙崎が大きく二回繰り返す、


 『あんた最高だぜ』『一生ついて行きます』口々に、いや手に手に仙崎を賞賛する。


 『ところでどう? この原嶋さんは? 』仙崎の問いに答えがかえっていく。


 『87点、性格込だとどうなるかは知らん』『ノーチェン』『一時間で八万取られても許せるレベル』ゲスな回答のオンパレードが続き、ついに奏志にも回答が回ってくる。


 『かなりタイプです』また自分に嘘をついてしまった、『好き』なんだ。先一昨日、通りで彼女を見かけた。まさにあの瞬間から──奏志は頭を抱えた。


 激しく燃える恋情の蒼い焔に焦がれた我が身は張り裂けそうだ……だが、こうして再び会えた、これで眠れない夜を抱いて過ごした日々にさよならを告げることができそうだ。奏志は安堵を覚えると真っ直ぐに前を向き、明希の様子を見つめる。


 「ねぇ、何が『かなりタイプです』なの? 転校初日、初対面でまだ話すらしてない女の子の品定めまでしてんの? アンタらは? 」奏志の前に座っている彼の幼馴染の涼子りょうこが後ろに向き直って問いただした。


 「いや、なんのことを言っているんだい? 」奏志が澄ました顔でそう聞き返すと、


 「さっきからのハンドサイン、ほらまた! 」涼子が仙崎の方を指し示す。その隙をついて奏志は小西にサインを送った。


 『済まない、デフコン1だ。ハンドサインがバレているみたいだ』


 『なん……だと、そんなことがある訳が……』

 「なん……だと、そんなことがある訳が……」涼子が小西の手を動かす様子に合わせて内容を読み上げたため、奏志の心臓が跳ね上がった。


 「なんで分かるんだ!? 」慌てて口を押さえる。これでは自らの罪を自白したも同然ではないか! 奏志が気まずい顔になると、涼子は鼻で笑った。


 「単純なのよ! パターンが」


 「今回のことは黙ってて下さい。お願いします、何でもしますから! 僕の残りの高校生活がかかってるんですよ! 」奏志は顔中にギトギトの脂汗をかきながら嘆願した。


 「ん……? 今なんでもするって言ったよね? 」何かを企んでいるかのように涼子は眉毛を上に上げた。


 「お願いだって言ってるでしょ、頼みますよ」


 「ん〜、じゃあジュース奢ってよ」


 「へい、任せてくださいよ姉貴」交渉が成立し、奏志はほっと胸を撫で下ろした。ふたたび奏志が教壇を見たとき、明希はなんとか自己紹介を済ませて教壇を下りていた。


 「それじゃあ、席は……さっきいきなり立ち上がった篠宮くんの隣だから、気をつけてね」西田は奏志の隣の空席を指し示した。気をつけてね、の一言に再び教室は笑いの渦に包まれる。奏志は恥ずかしさのあまり、顔を伏せた。


 教室の後ろへ向かって歩く明希、彼女の一挙手一投足にクラス中の視線と集中が注がれる。明希は少し居心地が悪そうに席に着いた。


 「まだ教科書とかは揃ってないらしいから、見せてあげてね、篠宮くん。そろそろホームルームも終わるけど、変なコトしちゃダメだゾ」


 「はーい」どっと湧き上がる笑い声、また笑われてしまった。西田だけは絶対に許さん、贅肉としょぼい皮肉の量だけは無駄に揃えやがって……奏志は拳を固く握りしめた。


 


 


 


 




 



 


 

 


 

 


 


 


 

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