それは早すぎる「再会」〜その1〜

 今日もすこぶる機嫌がいい、アラームが鳴る前に起きてしまった……奏志は深呼吸をして窓を開け放った。吹き込んでくる風に乗って流れてくる薫りは、既に夏めいている。彼の頬が緩んだ。


 一人窓際でニヤニヤと薄気味悪く笑う奏志の横でアラームが鳴り始めた。奏志は視線で窓の外の木々を撫でると、顔を洗ってリビングに向かった。いつもなら眠りに誘われたまま、夢の湖面へと船を漕ぐようにして少しずつパンを口に入れるのが常であったのにも関わらず、冴えた瞳で落ち着いてパンを口に運び、すぐに家を出た。


 「行ってきます! 」いつもなら遅刻だ! などと言って慌てて走り出ていくはずの奏志が、至極まっとうな時間に家を出たことに家族はみな目を丸くした。


 「お父さん、バイトで頭でも打ったの? 奏志は? 」彼の弟はさも驚きましたと言わんばかりに大きな声で聞いた。


 「アイツの担当は作業用AFだろう? 作業中に頭なんか打つもんか、なぁ母さん」


 「AFの中で打ったんじゃない? 」奏志の母はニヤリと笑った。


 坂道に沿って駅へと進む奏志、街路樹は朝の陽光をしきりに反射し、彼の眼を焼こうと風にひらめくのであった。火星のナノマシンを用いた気象コントロールシステムのため、初夏の気候はやはり暑い、駅に着いた頃、奏志は既に蒸されていた。


 ホームでレールウェイを待っていると、旧式の情報端末スマートフォンが震えた。ポケットから取り出して見ると、通知欄には仙崎せんざきの名があった。


 仙崎と言うのは彼の友人で情報通、その上性格はひねくれていて、日夜古い言葉で言えば『リア充』と呼ばれる部類の諸兄諸姉を付け回し、その行動を邪魔して回っている。しかし、意外にも男子からの信頼は厚い、女子にはゴ○ブリかの如くに嫌われている……その仙崎からの通知はこうだ。


 『やぁ、君たち、今日はとても良い日になりそうだよ、なんでかって? 転校生が来るんだよ、今日は』


 『どこ情報だよソレ』奏志はすかさず聞いた。


 『西田ちゃんが言ってた。俺今日、日直だからさ』


 『男、それとも女? かわいい? かわいくない? 』こう聞いたのは康司だった。


 『男ならここで言わないだろ』江上こうがみがすかさず横槍を入れた。


 『名前はまだ知らんが、女の子だ。西田いわく、かわいいらしい』


 『あの人の審美眼を信じさせてもらうよ』奏志はそう告げるとホームにやってきたレールウェイに乗った。勿論、この時その『転校生』が原嶋さんだといいな、と言う淡い期待を抱いていたのは言うまでもなかった。


 二十分ほどレールウェイに揺られ、隣に立った営業マン風の男からする整髪料の臭いに奏志の胃が逆巻き、苛立ち始めた頃、駅に着いた。


 ドアが開き、拷問から開放される。危ない、苛々しかけてしまったではないか……奏志は自身の行動を恥じた。


 彼が通っている高校は駅から近い、走れば三分、歩いていても七分で着く程だ。おおよそ、火星の日本領にはここまで駅から近い高校は無いだろう。


 奏志はガード下をくぐり抜け、細めの一本道に入る。左手に大学を見ながら高校の門を抜けた。


 彼が教室に入ると、ほとんど彼の仲間はまだ登校していなかった。唯一、日直の仙崎を除いて……


 「おはよう、今日は我々にとって、非常に重要な一日になりそうだねぇ、篠宮くん」落ち着き払った様子で仙崎は言った。


 「ああ、おかげさまで電車内は退屈しなかったさ」


 「それは良かった。ところで、どう思う? 新しい転校生については……」おもむろに机に座り込む仙崎


 「まぁ、見てみないと分からんなぁ、かわいいか、かわいくないか、それが至極重要なんだ」


 「問題はそこじゃない」話を遮ったのはドアに手をついたままの小西こにしだった。


 「どういうことだよ? 」奏志がわざとらしく首を捻って見せると、小西はもう一度、口を開いた。


 「転校生が来る、というのは素敵なことだ。そして、それが女の子であることはもっと素敵だ」


 「そんなことは百も二百も承知だ。我々がそんな簡単なことに気付かん訳が無かろう」奏志の言葉に仙崎も頷く。


 「だが……問題は……」小西は口をモゴモゴとさせて言葉を濁す。


 「勿体ぶるなよ、早くしろ」丁度教室に入ってきた康司が急かす。


 「問題はだな……どんな娘が来たってなぁ……俺らのような日陰者じゃあ、喋りかけることすらままならないって事さ!! 」急に叫んだ小西に、クラス内の数人が振り向く。その瞬間、彼等の脳内には電撃が走り、仙崎は膝から崩れ落ちた。


 「そ、そんな簡単な事にも気付かなかったなんて……私は自分が情けないよ……希望の光は我々には届かないのだったな、悲しいことだ」嘆きに身を委ね、涙目でそう言った仙崎の肩を、奏志は支えて立たせた。後から来た者は皆、この様子に感じ入った。


 ガラガラと大仰な音を立てて引き戸が開く、担任の西田が姿をあらわした。体重はゆうに百十六キロ、アラフォー独身の男である。顔は結構整っているのだから、痩せればそこそこのハンサムだとは思うのだが……奏志はそんなことを考えながら席に着いた。


 「はーいみんな座って〜」西田の声が響く。奏志の席は窓際の一番後ろ、そして、なぜか隣はいない。四十一人のクラスであるためなのはそうだが、なぜか彼だけ隔離されたようになっているのだ。一部では変態が伝染っては困るから、等とも噂されている。


 

 



 


 




 


 


 


 

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