「明希の適性検査」~その3~

 サーベルとサーベルがぶつかり合う瞬間、明希の機体は僅かにカウンターバーニアを噴射した。珠樹機のサーベルが描く光の帯がずれる。明希機はその間隙を突いて左の拳を降り下ろした。珠樹の機体のメイン・センサーのカバーが粉々に砕ける。


 全周囲モニターに歪みが走り、コックピット内は暗闇と静寂に包まれた。センサーが破壊されたことに気づいた珠樹はすぐにサブセンサーに切り替え、戦況を維持する。


 「たかがメイン・センサーがやられただけだわ! 」珠樹の叫びに呼応するかのように、いぶし銀の巨人は明希機の左腕を返しの袈裟斬りで引き裂いた。


 途端にバランスを失った明希機、ついでに珠樹機が蹴りを入れると、ふらふらとビル街に落ちていった。


 「どうしよう……」明希はそう呟いてみたものの、試算では十五秒後に地面に激突する。この高度だと、いくら堅牢な軍用機でも一発でオシャカになってしまう。シュミレーターとは言っても、やはり衝撃は大きい、明希としても痛いのはまっぴら御免被りたいところなのだ。


 最後の悪足掻きにカウンターバーニアを調整して推力を集束する。地表までの残り五秒の間、カウンターバーニアは焼き切れるまで蒼い焔を吹き上げていた。


 明希機はどうにかこうにか軟着陸に成功した。ゴン、という音がして頭を軽くヘッドレストにぶつけた明希、ヘルメットをしていても痛いものは痛い。明希はかぶりをふってそんな考えを吹き飛ばすと損傷率を調べた。各部装甲板の耐久率は40%以下、四肢のアクチュエータは通常の60%の出力しか出ない。スラスター類も軒並み不調、カウンターバーニアは焼き切れた。右腕一本でなんとか起き上がるも関節はへばったままなので、全身をだらりと垂れ下げたなんともみっともない立ち姿である。


 フラフラの明希機の前に珠樹機が頭部がひしゃげさえしているが、それでも何事もなかったかのように優雅に降り立った。


 (私に出来ることはここまで、後は頑張ってね、AIさん)明希は祈るようにして個人用モニターを閉じると、目の前の景色に集中した。サーベルを手にして敢然と立ち塞がる珠樹機、それを前にして明希の機体は背部のシースからナイフを抜き取った。こんなとき、昨日の篠宮くんならどうするのかしら? そんな考えが明希の頭を過った瞬間、明希の機体は膝から崩れ落ちた。あれ……? 明希は再びモニターを起動する。完全に機体がやられた訳ではないのに……不意打ちでも狙っているのだろうか──


 一見ショボいと思われたこのAIの判断だが、この状況下では実に効果的だった。珠樹の機体はメイン・センサー、つまり光学センサーとその他諸々を複合型にしたもの──を破壊されている。センサー類が生きたままなら熱源やその他のスキャンが使えるため、AFのなどさして脅威にはならないのだが、サブセンサーは光学センサーとしての機能しか有していない。つまり、この機体のには気づかないのだ。


 一歩、また一歩と注意深く、珠樹機が近づいてくる。明希機は近くに機体が寄ってくるのをおとなしく待った。明希の額に汗が浮かぶ。心臓は張り裂けそうな程に動悸している。


 そして、もう一歩珠樹機が接近し、十分に仕留められる距離に入り、明希の機体がアクチュエータに力を入れて起き上がろうとした、まさにその瞬間──


 


 





 珠樹機は左腕のライフルで明希の機体のコックピットを撃ち抜いた。


 全周囲モニターが終了し、コックピット内を白色のライトが照らす。


 『モギセンハシュウリョウシマシタ、キカンノケントウヲ、タタエマス』わざとらしい合成音声がしてからハッチが開いた。

 

 明希がシュミレーターの外に出ると、室内であるのにも関わらず、やけに暑く感じられた。きっと汗をかいたせいだろう。明希が右手で額を拭うと、少し後に珠樹もシュミレーターを出てきた。顔を見ると、やはり珠樹も額に玉のような汗を浮かべていた。


 「お疲れさま、あなた見かけによらず、かなりやるわね」髪を手でとかしながら珠樹は言った。


 「あ、ありがとうございます……」明希は照れ笑いをした。


 「ミサイルの誘導もさることながら、諸々の計算やスラスター類、照準の調整も素早かったわ……それに……」少し苦笑いをするようにして珠樹はつづけた。


 「最後のはとっても面白かったわ! ただ……実際の戦闘でやるならまだしも、シュミレーターでアレをやるのはナンセンスよ。まぁ……AIがやったことではあるんだけどね」


 「えっ……どういうことですか? 」明希は目を丸くする。


 「正直なことを言うと、アタシも一瞬騙されかけたわ。でもね、こっちの機体もAIで動いてるの。シュミレーターのプログラムが終了していない限り、敵機が生きてることぐらいすぐに分かるわ、例えセンサーが潰されていてもね」そう言って珠樹はイタズラっぽく笑った。


 「なんだぁ……そんなことだったんですね

 

 「AIに頼ったズルだけどね」珠樹は付け加えた。


 「それはこっちもですからお互い様です」


 「それもそうね、明希ちゃんの言う通りだわ! それにしても……暑いわね……」ヘルメットを小脇にかいこんで珠樹は歩き始めた。明希もそれに続く、少し立ち止まって珠樹は一つ提案をした。


 「もし、明希ちゃんが良ければなんだけれど……」


 「なんですか? 」


 「汗もかいたし、シャワールームにでも行かない? 一応、温泉もあるのよ。沸かし湯だけど……」


 「良いんですか? 私、部外者といえば部外者なのに……」


 「アタシが誘ってるんだから大丈夫よ、多分。それにこの時間帯は人が少ないから」


 「それじゃあ、遠慮なく入らせていただきます」


 「そうこなくっちゃ! 」珠樹は嬉々としてそう言うと、明希の手を引いてシャワールームに急いだ。

 

 脱衣場の戸を引き、中を覗きこむ二人、誰もいないことを確認してゆっくりと中に入っていった──

 

 


 


 


 



 

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