「明希の適性検査」〜その4〜
数十分後、二人はすっかりのぼせたように頬を上気させてシャワールームから出て来た。髪の毛からは軽く湯気が上がっている。
「どう? いいお湯だったでしょ? 」珠樹はコーヒー牛乳のビンを手渡しながら聞いた。
「はい、いいお湯でした。でも、まさか軍の施設に浴場があるとは思ってませんでしたから、すごく驚きました」軽く会釈をして、明希ははにかんだ。
「最初はパイロット用の純粋なシャワールームだったらしいんだけどね……私が来る何年か前に、当直勤務の担当がお湯に浸かりたいって言ったみたいで」
「そうなんですかぁ……」ビンを傾ける明希の首筋を水滴が伝う。
「そうだ! 明希ちゃん、明後日から学校だって言ってたよね? 」
「はい、そうなんですけど……」突然の質問に明希は少し顔を曇らせた。
「どうしたの? 」
「実は……私、自己紹介とかが苦手で……」明希の真剣な表情を見て、珠樹はクスクスと笑った。
「全然心配なんていらないわよ、明希ちゃん可愛いから! 私が保証するわ! 」根拠も何もない珠樹の言葉ではあったが、明希は強ばっていた顔の筋肉を幾分か緩めた。
「ありがとうございます、元気は
出ました」
「お役に立てたようで何よりだわ、ところで……明希ちゃん、時間は大丈夫? 」珠樹が指さした時計の針は既に五時に差し掛かろうとしていた。一応だが、珠樹は明希の夕飯事情を覚えていたのであった。声をかけられた明希は弾かれたようにして長椅子から立ち上がると、顔を真っ青にした。
「マズイですね……」
「やっぱりね……しょうがない、送ってあげる」珠樹はなぜか少し嬉しそうな顔をして言った。
(良かった、これでバイクを取りに行ける、九里浜の駅に置いてきちゃったのよね……)珠樹はそんな事を考えながら、来たときと同じように明希を連れて地下階にあるリニアへと急いだ。
「すいません、わざわざこんなことまで……」明希は申し訳なさそうにしながらも、笑顔を浮かべた。
「なぁに、いいっていいって」珠樹は手早くパネルを操作し、九里浜駅の裏道にあるハッチへとリニアを走らせた。
「それにしても、高校生かぁ……いいわねぇ……随分と前だったような気がするわ。まぁ、士官学校だったんだけどね」遠い目をする珠樹
「高校生って言ったって、そんなに特別な訳じゃないですよ……」
「分かってないわね」珠樹はやれやれ、と首を横に振った。
「いつか懐かしくなるのよ。今は分からないだろうけどね、取り戻せなくなってから嘆いても仕方ないのよ。一度しかない青春を謳歌しなくちゃ! 」
「謳歌……? 」珠樹の二昔ほど前の表現に引っかかったものの、明希は返事を一つすると荷物を整理した。
『珠樹さん、昔話は程々にしておいてください、そろそろ着きますよ』スクリーンから響く声に珠樹は顔をしかめた。
「アナタって優秀だけど、ホント、毎回毎回ひと言多いのよね。やんなっちゃうわ」
「優秀だなんて……そんな……」空中に浮かぶ顔が柔らかな笑顔を浮かべている。
「褒めてないわよ、アタシは皮肉を言ったの、お分かり? 」
『あれ、私の思い違いでしたか? それは非常に残念だ』そんなAIの様子を見て、明希は微笑んだ。
「珠樹さんは本当に口喧嘩の相手に事欠くことがありませんね」笑いながらそう言った明希に珠樹は訝しげな視線を送った。
『私としても、いい
「ふん、随分と思い上がっているものね、アナタが使えるからデータを消してないだけで、用済みになったらすぐ消してやるわよ」
『おおっと、怖い怖い、今ので十二回目だ! 私を消そうとしたのは! 明希さんからもなにか言ってやって下さいよ、このままじゃ私、消されちゃいます』冗談めかして言ったAIに対して、う~ん、とひとつ唸ると、明希はこう言った。
「大切にしてあげて下さいね、出来るだけ」
『いやはや、明希さんまでそんな冗談をお言いになるとは、これは無駄口を叩かずに働かないと! 』
「是非そうしてくれると嬉しいわ」
『善処します』AIがそう言うや否や、リニアは徐行に入った。
「行くわよ、夕飯の支度に間に合わなくなる前にね! 」既に陽は僅かな残光を残して沈んでいた。
珠樹は駅の駐輪場に停めておいたバイクに素早く跨ると、リアシートに明希を載せ、スロットルを思いっきり捻り、モーターを駆動させた。静かに回り始めたモーター、坂を下る二人を乗せたバイク、数分で明希の家に着いた。
「今日は本当、なにからなにまでお世話になってしまってすいません。今日はとても楽しい一日でした。ありがとうございました」明希が深々と頭を下げる。
「私の方こそ、とても楽しい一日だったわ、久しぶりに普通の女の子に戻ったみたいで、仕事のことにもわざわざ付き合って貰っちゃって……」珠樹は照れたように頭を掻いた。
「それじゃあ、今度はいつになるか、今度があるかどうかも分からないけど、またね! 」そう言うと、珠樹は再びスロットルを捻った。
「はい、よろしくお願いします」明希は走り去っていく珠樹の背中に大きな声をかけた。遠くで珠樹が手をヒラヒラと振ったのが明希の目にも映った。
「ただいま」
明希はため息を一つしてから手を洗うと、キッチンに向かう、手早く料理、夕食を終えると、すぐに明希は眠りについた。
翌日、明希は部屋に積んである大量の箱を片っ端から開け、部屋の片付け、そして模様替えに勤しんだ。
夜、彼女は寝室で一人頭を抱えていた。いよいよ明日から学校だ……明希は動悸を抑えようとするものの、鳴り止まない鼓動は、絶えず彼女を眠りから引き剥がそうとしていた。
ようやく、彼女が眠りについたのは、深夜零時を回った頃だった……
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