「明希の適性検査」~その2~

 「これより、模擬戦を開始します」珠樹がそう言うと、機体が動き出した。


 アスファルトの上を進む二機のAF-6、どちらも武装は右腕に荷電粒子銃ビーム・ライフルを一丁と、左腕に対ビームコーティングを施したシールドが一つ、背部ユニットには高振動ナイフとサーベルが各一本ずつとミサイルポッド、そして荷電粒子砲ビーム・キャノンを一門搭載している。


 明希がヘルメット内の個人用モニターに浮かぶ測距装置を見ると、敵機との距離は1700メートルだったビーム・ライフルのブラッグ・ピークが800、ビーム・キャノンのブラッグ・ピークが1400だから、攻撃を仕掛けるにはまだ早い……明希がそう判断すると、AIもなかなかのもので、細い路地を注意深く進んでいく。依敵機を示す赤いマーカーも遠くのビル街を進んでいる。どちらの機体のAIも判断は違わなかったらしい。


 明希の個人用モニターの数字はかれこれ五分ほどずっと、1700から2000の間を行ったり来たりしている。相手からの動きがないなら、先制攻撃を仕掛けたほうがいい。そう考えて明希はミサイルの爆圧半径を確認し、サブモニターで弾き出した誘導成功率をもとにミサイルを発射した。


 背部からミサイルがビル街に白煙を引き散らしながら発射された。敵機との距離が1000を切ったところでミサイルを示す黄色い三角が空中で細かく分裂した遥か昔の条約で禁止されていたクラスタータイプだ。


 明希の考えではミサイルは当たらなくとも、その爆圧で敵機はバランスを崩す。その隙を突いて近接戦闘に持ち込めばAIであろうと勝機は十分にある。


 明希の行動に対するAIの判断は早く、ミサイルの分裂直後には機体を敵機の方向に向け、いつでも射撃に移れるように少し高めのビルの上に飛び乗った。


 順調に進んでいった黄色の小さな三角の群れが敵機の周囲で消え、それに合わせて効果判定がモニターに表示された。敵機のみを対象とした判定の下限はC-から上限はB+、平均はBと出ている。建物を含めた効果判定は文句なしのA、明希はニヤリと笑う。彼女の機体はビルを蹴り飛ばすと、スラスター全開で敵機に急速接近し、荷電粒子銃ビーム・ライフルを三発撃った。廃墟の群れを裂くようにして伸びていった光が瓦礫の山を凪ぎ払う。炸裂する閃光、一通り撃ち終わった明希の機体は近くの瓦礫の上に降り立った。


 明希は効果判定を今か今かと待つ。突如、AIは警告を発するや否や、カウンターバーニアまで点火し、急速に後退した。何が起きたのか分からない明希がモニターをズームして瓦礫の山を見ると、ぽっかりと空いた穴からくすんだ灰色の両腕が突き出てくるところだった。そのまま左右に瓦礫を押し分けるようにして珠樹の機体が外に出てきたのが見える。荷電粒子銃を撃ったのが裏目に出てしまったようだ。





 珠樹の機体表面の装甲板はほとんどボロボロになってしまっていた。(明希ちゃんが撃ったミサイルは本当に効いたわ、機体表面の損傷率が68%を超えてしまった。それに、あの戦法もなかなか良い出来だった……ビーム・ライフルを撃たれなかったら今ごろまだ瓦礫に埋まったままだったはず……やっぱり見所のある子だわ)珠樹は少し焦っていた。




 自分の機体がもう一度敵機と距離をとっている間に明希は荷電粒子銃ビーム・ライフルの大気圏内での減衰率の再計算、及びミサイルの効果判定式や誘導率を修正して次の射撃に備える。姿勢を整え終わった機体は再びビル街に潜んだ。


 「さっきと同じ手は食わないわよ! 」珠樹は明希の機体と直線上に位置した状態で、ミサイルに個別の軌道を設定してから全弾発射した。ビル街の中を進むもの、高高度まで上昇してから一気に降下して敵機を撃つもの。通常誘導で飛ぶもの、数十種類のパターンを組み合わせてある。


 ミサイルの群れが放たれたのに合わせて機体も動き出す。マーカーに紛れて突っ込んでいく。明希の戦法を踏襲するようにして攻撃して一泡吹かせてやろうというのAIと珠樹の共通の算段だった。


 明希の個人用モニターに浮かぶマーカーが動き出す。ミサイルの軌道はかなり複雑で、自機を取り囲む網のように広がっている。全周囲モニターが警告の赤に染まり、アラートがけたたましく鳴り響く。予想損傷率を弾き出した明希は目を見開いた。下限で72%と言うのだからほぼ全壊である。


 明希の機体は右足を大きく一歩踏み出すと垂直に上昇を始めた、明希は既視感に捕らわれた。どこかでこの機動……彼女がそう考えている間にも少しずつ機体は上昇を続けている。勿論、それを追うミサイルもだ。明希の機体は空中で一時停止すると自由落下に合わせてスラスターをふかしながらミサイルの群れに向かって飛び込んだ。


 どうしちゃったの? 心配になった明希はサブモニターでAIのエラーについて確認したが、エラーは見つからない。異常はないようだ。


 なおもミサイルを正面にしながら明希の機体は左腕のシールドを突きだした。さらにスラスターを全開にして加速し、ミサイルの群れへと向かう。明希は閃光と衝撃に備えて目をぎゅっとつぶり、時を待つ、警告音が更に大きくなる。


 次の瞬間、明希の機体は何事もなかったかのようにミサイルの群れをすり抜けた。突如鳴り止んだアラートに明希が目を開けると、同時に背後で大きな爆発が起こる。直後、ライフルを捨て、サーベルを荒々しく引き抜く明希の機体。(近接戦闘になったら私の出る幕はなさそう……)明希は瞬時に落ち着きを取り戻す。


 その一方で、渾身のミサイルを全弾回避された珠樹は正気ではいられなかった。急いで空間機動データを解析する。


 「ハ、ハンマーヘッド!? AFで戦闘機と同じマニューバを行ったの!? 」珠樹は悲鳴をあげた。


 (なかなかやるわね、篠宮くんも……こんなことなら向こうのAIにデータをフィードバックしなきゃ良かった)珠樹は溜め息をついた。


 珠樹の機体は予想外の機動にも怯むことなく、落ちて来る明希の機体を迎え撃つためにライフルを左腕に持ち替え、右腕で静かにサーベルを引き抜いた。


 二つの機体は衝突する──絡み合う光と光、サーベルが火花と閃光を舞い散らせる。鍔迫り合いに入った二つの機体はお互いのメイン・センサーにぶつかりそうなほどに頭部と頭部を突き合わせた。明希の機体が手首に力を込めて振りほどき、そのまま機体を蹴落とす。


 蹴落とされた珠樹の機体は姿勢を整えながらビーム・ライフルを乱射する。弾幕に敵機が距離をとった。


 (舐めないで欲しいわ、こっちは風城の空間機動データをフィードバックしてあるんだから)珠樹は照準の修正に勤しんでいた。


 そんなことをつゆほども知らない明希は、残りのミサイルを全て放ち、空になったミサイルポッドを排除して再び距離を詰める。


 ミサイルを感知した珠樹の機体はミサイルに背を向けてブースターを点火する。ここからは航空ショーの始まりだ、風城の空間機動データが最大限に発揮される。各部のスラスターの推力を偏向し、インメルマンターン、そのまま向きを変えずに、後方を向いたままのバレルロールの途中、背面を地上に向けたままライフルでミサイルを凪ぎ払った。爆風に押されながらも上空から襲いかかってきた明希の機体と再びサーベルを交える──


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 

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