決定

 話は風城が待機の二人に声をかけた瞬間のおよそ十四時間前、尋問の最中に遡る。


 う~ん、若いし、礼儀正しい子達と飲むと、紅茶は一層美味しい。堪らないねぇ……どうやら二人とも怪我はなかったみたいだし、安心したよ。国連軍の名折れだー! とか言って騒がなくてよくなったから……菊池がそう思案しているとドアがノックされ、医務科の佐川さがわが入ってきて、隣につけた。


 「総司令、菱井重工からテストパイロットの催促が来てます」こそこそと耳打ちされた、また菱井か、しつこい奴等だ。


 「それ、今じゃなきゃダメかなぁ……? 今、尋問中なんだけど」この言葉は私に出来る精一杯の反抗だ。どうせ真面目な佐川くんのことだ、否定されるに決まっている、菊池は冷や汗を垂らした。


 「紅茶を飲みながら? 随分と優雅ですね」予想通り、痛いところを突かれた。


 「わかったよ、わかった」観念して取り敢えず二人を送り届けてもらう。話は部屋に二人だけになってからだ。


 「で? 菱井はなんて言ってるの? 」人がいなくなった、まだ微かに紅茶の匂いの残る部屋で菊池は不機嫌な声を出した。


 「もう一人、出して欲しいそうです。出来れば優秀なパイロットを」


 「風城くん一人じゃダメなのね……」


 「ええ、二機あるそうですから」


 「ふーん」興味がないような声で返答した。


 「さらに言うと、火星独自の機体ですよ、他の所の国連軍との統一規格にする予定はありません」


 「あっそ」果てしなくどうでもいい、暇なので佐川の持ってきたパイロット選定用に準備された資料に菊池は目を通した。


 どいつもこいつも並以下のクソパイロットだ。AIの補助に慣れきっちまってフルマニュアルだと高校生とどっこいどっこい、この中から優秀なのを選べって言うのが土台無理な話だ。菊池は大きく溜め息をついた。


 「真面目に取り合われたらどうです? 」


 「いや、いいパイロットが風城くん位のもんだから……正直に言っちゃうとこいつらクソだよ、これなら今日の篠宮君のがましさ」静かに怒りを露にした司令、二人の間に一瞬の沈黙が流れる。


 「それですよ! 司令! 彼なら適任です! 」


 「何がだい? 」


 「篠宮くんですよ、彼なら菱井建設でバイトしてますから、菱井重工製の機体には慣れているでしょう。国連軍の量産機はゼネラルのばかりで、操縦方式の微妙な差異から、機体自体を非難する声も大きいですし……」そんなこともあったのか……菊池は歯軋りした。


 「でも、どうやって彼をテストパイロットにするの? 」


 「一応適性検査は行いますが、所詮相手は学生ですここは高給のバイトってことにしましょう! 」佐川は普段の彼女の知的で物静かな印象を払拭するかのように熱弁した。


 「君、こんなに喋るんだねぇ……」


 「あっ……コホン、そういうわけでですね、早急に彼をうちのバイト君にしましょう」咳払いを一つしていつもの冷静な口調に戻ってそう言った。


 「うん、お話はこれで終わり? 」


 「いえ、他にもあります。今回の騒動、及びそれに付随した戦闘により……」


 「北棟にAFが突っ込んだんでしょ」


 「そうです。その件は既に菱井建設に修繕をお願いしてあります」


 「じゃあ、ついでにそこで篠宮君も捕まえようよ、シフトは知らないけど……」


 「そうしましょう。明日暇なのは、風城くん位のもんですから、捕まえるなら早めに頼んでおくことをおすすめします」


 「分かったよ、それで他に? 」


 「さっきのメディカルチェックの結果ですが、あの……篠宮君と原嶋さんの二人の正直者オネストシステムとの親和率が八割を越していたそうです」

 

 「そうなの? だったら、原嶋さんもテストパイロットにしたらどうだい、誰か別の火器管制官を宛がうよりよっぽど有意義だよ」

  

 「では、そちらは葛葉さんにお願いしましょう」


 「うん、どこにいるかは分からないから、頑張ってもらうことになるけどね」


 「戻ってきたら伝えないといけませんね」


 「ああ」




 AFは開発当初、当時主流になりはじめていた統括的な機械制御システムであるをメインの操縦方式として採用する予定だった。しかし、当時は脳に与える影響を考慮せずに研究は進行、初回の起動実験の際にテストパイロットの脳が情報を処理しきれなくなり、神経が過剰な負荷に灼き切れてしまい植物状態となってしまったため計画は中断、以降神経接続は禁忌の技術として秘匿されていた。


 その後、AFの操縦方式としてはパワードスーツと同系統のモーショントレースの使用も提案されたが、僅かなタイムラグでも命取りとなる戦場でラグの大きいモーショントレースを採用する案は却下され最終的な操縦方式は戦闘機と重機を折衷したようなた画期的且つ、煩雑極まりないものになった。


 そして、新開発の『オネストシステム』は当初のプランに近いが、神経接続だと過去の過ちを繰り返しかねないため、脳波を利用した操縦方式となっており、パイロットの脳に対してのダメージはほぼゼロになっている。複座型のシートを採用しているのはそのためで、脳へのフィードバックや情報処理量を二人に分散させるさせるようになっている。言い方は雑だが、『脳のニケツ』を行えるようにしたのだ。


 しかし、常時脳波の接続を行うのではなく「火事場の馬鹿力」的に一瞬だけ増大した脳波、及び筋肉に流れる電流を読み取り、機体の制御に用い、機体との接続と同時に、機体からの情報フィードバックを受ける仕組みになっている。


 参考『近代AF概論』

   『国連軍新型AF試験資料』

   

 トントン、ドアがノックされ、二人を送り終わった風城と葛葉が部屋に入ってきた。


 「民間人二人の移送、完了しました」風城が敬礼を交えて挨拶をする。


 「御苦労様、ところで風城君、明日は非番だったよね? 」


 「えぇ、まぁ」


 「今度の高校での軍事演習の講師をやるのと、明日、篠宮君捕まえるのとどっちがいい? 」どちらを選んでもめんどくさい、だったら少しでも楽な方を選ぶべきだ。風城は大きな声で言った。


 「明日、篠宮君を捕まえます! 」


 「正直でよろしい」


 「じゃあ、明日は名ばかり現場監督を頑張ってね」


 「はい、失礼します」


 「それから、葛葉くんは明日原嶋さんを捕まえてもらえるかな? 」


 「えっ……明日は非番なんですが……」


 「時間外手当てを出そう、飲食費も」


 「行きましょう! 」


 「君も正直だね、嫌いじゃないよ。その潔い感じ」


 「ええ、任せてください、失礼します」


 再び二人だけになった部屋、佐川も出ていき、菊池は一人になった。


 「長い一日だった……」しみじみとそう呟く


 深夜の火星では月は……見えない


 




 


 

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