慌ただしい「一日」

 奏志はいそいそと作業用の装具を準備していた。ショックアブゾーバーを内蔵した特注のニッカボッカにライフセーブジャケット、それから機体に体を固定するためのハーネス、通信機の付いたオペレーター用ヘルメットにその他諸々、ほとんど軍用の装備にだって劣らないような特注の装具だ。ここまでしなきゃいけないのは菱井建設の二五式が特殊なせいだ。奏志はため息をついた。


 菱井建設に卸された民生用の二五式は他の二五式とは全く異なる。菱井重工側で大幅な改造を施してあるためだ。スラスターの搭載は勿論のこと、出力の向上、機体構造の頑強化、センサーの能力向上等を図っており、捌かなければならない情報量も多いため、AIも搭載されている。そのため、機体自体のスペックも軍用のものの八割まで及び、通常の装具だとオペレーターにかかる負荷が大きく、失神しかける。いささか作業用の機体にしてはやり過ぎなスペックである。


 「月間作業機械、四月号」より一部抜粋


 この特注の装具だが、見た目はこだわってあり、完全に工事現場や鳶職の人のそれだ、一目見れば作業員だと分かる。奏志はなんだかんだ言いながらこの装具を気に入っていた。


 奏志達オペレーターが準備を終える頃、彼らのセンパイたちはパワードスーツとリンクするためのスーツを着こんでいた。最近のパワードスーツは本来の目的であった身体の補助といった意義を失いつつあり身体の延長として用いられている。いわば個人用の小型AF(勿論、戦闘用ではないのだが)としての意味合いが大きくなっていた。


 「みんな、準備は終わったか? 」


 「OK」「いつでも行けるゾ」大体の作業員の準備が終わった。


 「それじゃ、出発するぞぉ~」宮田の声が響き、奏志たちは格納庫に行き、愛機を起動した。


 すぐにOSがたちあがり、米国人のAIが起動した全周囲モニターの中心で笑っていた。


 「やぁ、奏志ィ! 久しぶりだね! 今日の調子はどうだい? 」


 「おはよう、ジョニー。今日の調子? 聞くまでもなく絶好調さ!! いつになく機嫌がいいよ、俺は!! 」


 「ソイツは良かった」


 「HAHAHAHAHA!! 」コックピット内でAIと楽しげに会話する奏志を見て、康司は少し心配になった。


 「どうしたんだい? 康司、曇った顔は君らしくないな」AIのマイクが不安そうな顔で康司に聞く。


 「いや、ちょっと奏志のことが心配になっただけさもしかしたら昨日の騒ぎでイカれたんじゃないか……ってね」

 

 「きっと何か良いことでもあったんだろう、そこまで心配することでもないさ」


 「そうだな、ありがとうマイク」


 「礼には及ばないさ」

 そんな会話をしている間、彼らの先輩たちは二五式に繋がれたコンテナ内でパワードスーツにリンクする。ほぼモーショントレースとなったシステムはリンクにもそれほどの時間を取らなかった。


 コンテナの中で宮田は指示を飛ばす。


 「今日は軍の専用通路を使用する! 少し先に行ったところで通路に入るから、今のうちに各自よく装備の確認を行っておくように! 」


 「何回確認すんのよ」


 「何回でもだ、万全を期して作業に臨むのが菱井の掟だ! 」


 「聞いたことないけど……」


 「今、俺が作った」

 

 「さいですか」


 そんな先輩達の会話をモニターの端に捉えながら、奏志は裏路地を注意深く進んだ。既に格納庫を出たって言うのに……あぁ……気が散る。このままだと機体の肩が窓ガラスを擦りそうだ……呼吸を整えて何とか通り抜けると、路地を抜けた先の空き地に担当者らしき人がいた。


 先頭をゆく奏志の機体が右腕をあげ、合図をすると、担当者は透過型ディスプレイを二、三度撫でた。数秒の沈黙の後、空き地の一角がせり上がり、通路の入り口が開いた。


 「それじゃあ、お願いしますわ」担当者は妙な訛りで言ってから、一番後ろのコンテナに素早く乗り込んだ。


 奏志の二五式を先頭に、連結されたコンテナが一つと康司の乗った二五式、さらにコンテナが一つ、並んで通路に入り、ゆっくりと進んでいく。


 「地下にこんな広い通路があったとはびっくりだよまったく……」奏志が呟く。専用通路はがらんとしていてだだっ広く、AFの駆動音だけが内部で反響していた。二十分ほどすると、国連軍北棟のあるエリアに着いた。通路の出口から出ると、昨日も来た滑走路の端っこだった。


 こんなに早いとはなぁ……ここまでの道のりを普通に上の道(一般道)をAFや車で走ったとしたら、きっと二時間以上はかかっただろう。


 「すんません、前のパイロットさん、止まって欲しいんですわ」担当者が声を張る。


 奏志が機体の足を止めると、後ろからコンテナがぶち当たった。よろける機体、咄嗟に両手を突きだし、倒れるのを食い止める。慣性の法則というのは恐ろしいものだ。


 機体を立て直すと、愛機を降りて、今日の作業箇所について国連軍の軍人さんから説明を受ける。


 「どうも、今回作業の現場監督を担当させて頂く、風城と申します、以後お見知りおきを」奏志が顔を上げると、そこには風城の顔があった。


 なんで風城さんが……なんだか気恥ずかしいので、奏志はヘルメットを目深に被り、顔が見えないようにする。途中一回彼の前を通ったが、特に問題は無かったようだ。


 作業開始の合図がかかり、北棟に打ち付けられたAFー8ファランクスの残骸を引きずり起こす。かなりの速度で建物に叩きつけられたであろう量産機にジェネレーター以外の目立った損傷は見られない。どんだけ堅牢な機体構造してるんだ……だらりと垂れ下がった四肢、ボッコボッコに穴の空いたジェネレーター、しかし、コックピットはその口を綺麗に大きく開けたままだ。恐らく、パイロットはそのままハッチを開けて外に出たのだろう、奏志は技術力に舌を巻いた。


 その後も飛び散った外壁の残骸やらなにやらを片付ける。大きな破片は彼らオペレーターが二五式で片付けていく。パワードスーツでは請け負いきれない仕事を二五式で担当する。


 右腕を左右に傾け、作業終了の合図を送ると、奏志のヘルメット内に宮田先輩の声が響いた。


 「OK、お前らよくやった。後は俺らがやるから、作業の手伝いを頼む! 」


 「分かりました! 」奏志の声はやけに弾んでいた


 「なぁ、お前昨日何かあったのか? 」そんな奏志の様子を見て、康司は怪訝そうに訊いた。


 「なにが? 」とぼけた顔をしているが、コイツのこの表情は確実に何かあった時の表情だ、康司は益々気になってしまった。


 「いや、昨日とか」その言葉に奏志の心臓は二センチほど跳ね上がった。


 「いやだなぁ、特にいつもと変わらないぞ、俺は」チッ、しらばっくれやがって。まぁ、ゆっくりと聞き出すとして、今日のところは勘弁しといてやるか、そう考えた康司は「ならいいんだけど」と、通信を切った。


 「なぁマイク、やっぱり今日のアイツは変だよな」


 「そうかな、特に私としては気になるところはないんだが……」澄ました顔をするAIを一瞥してから康司は二五式を待機モードに合わせ、ハッチを開くと、ワイヤーで下に降りた。

 

 二人は地上で顔を合わせると、コンテナの中で少し早めの昼御飯を食べ始めた。彼らに残った仕事は先輩達のサポートのみだ。ほとんど仕事がない、と言っても過言ではない。


 彼らが休んでいる間、宮田達はひっきりなしに作業を続けていた。遠くの現場からはパワードスーツの駆動音が、そして、隣の滑走路からは離、着陸をする戦闘機のエンジン音がこだましていた。


  「ごちそうさまでした! 」昼の弁当を食べ終わり、奏志は溌剌はつらつとした表情でそう言った。どこかおかしい、下ネタを言っている時くらい元気だ、何かある。そう考えながら康司が爪楊枝でシーハーしているとコンテナの中に宮田の声が響いた。


 「二人とも! 大ちゃんのところにレーザートーチ持ってってあげて! 」宮田センパイからの指示だ。


 「大木おおき先輩のところで良いんですね?」


 「当たり前だ! 大ちゃんって他に誰がいるんだ! 」


 怒られるのは御免なので二人は急いでレーザートーチをケースごと持ち上げた。荷重が二人のウデにかかる重力を二倍にした。なんのこれしきと腕に力を込め、二人はやっとの思いで大木にレーザートーチを渡すことが出来た。


 「お、ありがとな! 」息を切らしながらやって来た後輩二人を見る大木、大きな取っ手の付いた円筒を金属製の巨大な掌が柔らかく包み込み、軽々とトーチを持ち上げると作業を再開した。


 そんな作業の合間、康司は奏志に軽く鎌をかけてみた。常日頃から気になったことはとことんまで突き詰めるタイプの康司は、どうしても昨日奏志に何があったのかを知らないと気が済まなかったのだ。


 「お前、昨日の騒ぎの時は何してた? 」


 「え? 」


 「いや、ほらお前、昨日先に帰っちまったからサ……心配してたんだぜ、これでも」康司はおとなしく言った。


 「ゴメン……昨日なんか具合悪くて」


 「謝られるようなことじゃないよ、ただ……大丈夫だったかなぁ……ってネ」そう言って微笑んだ康司の目は笑ってはいなかった。


 「あの騒ぎの時は俺、すぐシェルターに行ったよ」どうせ本当のことを言っても信じてもらえないだろうと思った奏志は咄嗟に嘘をついた。


 「そうか、ならよかった。まぁお前とゴキブリは殺しても死なないだろうけど」


 「そりゃよござんした。この通り、ピンピンしてるよ! 」


 「ヤバイぞ! 奏志! 時計見ろ! 」康司が時計を見てすっ頓狂な声をあげると、奏志も振りかえって時計を見る。


 「あの人達昼飯無いと、かなり怒るからなぁ……」慌てふためきながら二人は両手に弁当が入ったビニール袋を抱えた。背中にはパワードスーツの整備用の工具と予備のバッテリーパックやサーボモーターが山盛りになったリュックサックを背負う。

 

 歩くのは不可能なのでコンテナの中に積んであったセグウェイⅨ(田宮カスタム)を引っ張り出してくる。


 セグウェイⅨは人気の公道用一人乗りロボット、セグウェイシリーズの最新モデル! 前世代機から大幅にバージョンアップ! 公道は勿論のこと、ストリートでの使用も可能! カラーも全十色! お気に入りのセグウェイで街を疾走しよう!! でお馴染みのあれだ。


 しかし、これも菱井の例に習ってカスタム機だ。予備のフットパネルも継ぎ足して無理矢理二人乗れるようにしてある上、出力も三倍以上にしてある恐ろしい代物である、寸分でも気を抜くと投げ出される、体感速度がぶっちぎりでトップギアなのだ。


 康司は荷物を持ち、奏志は運転に集中する、スターターを押すとモーターが唸りをあげた。コイツを扱えるのは俺と田宮、大木の二人の先輩ぐらいのもんだろう、奏志がにやりと笑みを浮かべ、アクセルを踏み込むと音に見あったスピードが出た。まだ四十キロ程までしか加速していないのにも関わらず、康司はビビって奏志の腰に手をまわした。


 「バカ! やめろって……バイク買って、そんで女の子後ろに乗せて走るときが俺が誰かに腰に手をまわしてもらうはじめての時だって言ったろ! 俺の夢だ! 」奏志は急いで手を振りほどく。


 「そんな日は来ないから! 安心して手を回させろ! 」後ろでは、手を振りほどかれてバランスをとれなくなりかけた康司が悲痛な叫びをあげていた。


 「うるせぇ! お前にそんなこと言われたかないよ! 」


 「じゃあせめて早く着けよ! 」随分と無茶を言う御方であらせられる。仰せの通りに作業場に着いた。


 「おら、もう着いたべや、目ェ開けろ」たったの五百メートルなのにすっかり五、六歳は老け込んだ康司を引きずるようにして起こし、弁当を配りはじめる。


 「お前らはもう食ったのか? 」田宮が訊く、


 「俺ら暇な間に食ってあるんでダイジョブっす。いかれたパワードスーツがあればセンパイ達が飯食ってる間に直しときますけど、どうスか? 」


 「俺のと、大ちゃんの、後は山岸のを頼むよ、多分サーボモーターがイってる。なんか悪いな、俺らは休憩だってのに…」


 「いやいや、俺らは散々休憩したんで、このくらいは当然ですよ」


 「それじゃあ、しっかり頼むぜ」


 「任しといて下さいよ! 」


 先輩達がご飯を食べている場所を少し離れて彼は早速作業に取り掛かった。すぐ側で寝そべっている三機はどれもサーボモーターの不調のようで、比較的時間をかけずに直せそうだった。


 慣れた手つきで彼はサーボモーターを取り外した。


 パワードスーツの普及につれて、企業側も需要に合わせて色々と考えてくれるもので、ユニット毎の換装が可能になっていた。取り外したサーボを脇によけて、新しいサーボを箱から取り出し、向きをよく確認してから接続する。やっぱりユニットごとの換装は楽でいい、奏志は額の汗を拭った。


 すぐ横を見ると、康司はお茶くみに精を出していた。


 奏志が三機分のサーボを取り替えたところで、昼の休憩が終わった。修理の終わったパワードスーツにリンクした宮田先輩は一度各部の点検を行うと


 「お、いい塩梅だ、作業がずいぶんと早くなったもんだな」としみじみ言った。


 「ありがとうございます」


 「んじゃ、お前らは待機」田宮センパイのその言葉を遮るように一人の男が現れた。腕にはの腕章をしている。つまり、風城だ。


 「待機なら、そちらの学生さん二人を少しの間、借りてもいいですか? 」何を言っているのだろうか


 「本人がよければどうぞ、好きに使ってください」


 「奏志君、君と僕の仲だろう? 」こちらを向いて微笑む風城。いや、そこまで深い関係じゃあないけどね。まぁ、暇するよりはましだな。待機っていったら完全に待機だ。座ってるだけでバイト代を貰うのが申し訳なってしまうほどなので、二人は待機が嫌いだった。


 「ハハハ、僕なんかでよかったらすぐに行きますよ。なんて言ったって直々にお呼ばれしているので」


 正午を過ぎた太陽は高く、ジリジリとアスファルトを灼いた。



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