油断ならない「新兵」
それぞれの新しい「朝」篠宮奏志の場合
~五月十七日、午前七時半~
カーテンの隙間から僅かに差し込んだ朝の日の光が暖かな掌のように奏志の頬を撫でる。彼は飛び上がるようにして上体を起こすと、カーテンを引き裂かんばかりに開け放ち、朝の陽光を体いっぱいに浴びた。窓を開けると、初夏の風が肌に心地いい。彼が深呼吸をすると、初夏の晴れやかな空気が鼻腔一杯に広がる。
こんなに目覚めがいいなんて! ベランダから見える景色は美しく彼の瞳に映った。彼は新しい朝に確かな高揚感をもって生まれ変わったのだ。
二階からリビングに降りると、奏志の母が朝ご飯の準備をしていた。
「おはよう! 今日はいつもより清々しい朝だね! 」彼が快活にこう言うと、
「アンタ大丈夫? もーちょっと寝てた方がいいんじゃない? 」こう返されてしまった
「ふふん、心配は要りませんよ母さん、僕は昨日までのとは全然違いますからねぇ」奏志が、両腕を大きく左右に広げて一回転してみせたところで、父も起きてきた。
「あぁ、おはよう! いつもより清々しい朝ですね! 」彼は母にしたのと同じように挨拶をする。
「おはよう、今日はお前、バイトに行くより病院行った方が良さそうだな、どうやら昨日の騒ぎで頭をやったみたいだ」そう言って奏志の父はカラカラと笑った。
「検査の結果は概ね良好だったよ」と、顔をしかめる奏志
「ヤブ医者だな、ソイツは」父は悪戯っぽくそう言って席に座った。まず検査したのは医者じゃないし……そう思ったが、口をつぐんでおいた。
「検査の結果は概ね良好だったみたいだけど、残りの一割くらいおかしくなってるんじゃない? 」母は皮肉めかしてから笑みを浮かべた。
「お前がおかしいのは今日に始まったことじゃないからなぁ……そうだろ、母さん」と、父
「はいはい知ってるよ、俺がイカれてるのは! 」
「よくご存じのようで良かった! 俺の息子は優秀だ! 」喜ぶ父、それを見ながらテーブルの上に食器を並べる母。
「おはよう」不機嫌そうに弟が起きてきた。
「やぁ! おはよう! 」明るく声をかけると、股間に鋭い蹴りが飛ぶ。悶絶する奏志の悲痛な顔を尻目に席につく弟、
「昨日は奏志の鼾のせいで、全然眠れなかったよ」と悪態をついている。何故か耳に皺がよっていた。
自分も席につくと、急いで朝御飯を食べ、バイトに行く支度をする。全ての作業を終えて時計を見ると、九時だった。あれ?
もう一度目を擦ってから時計を見るも、特に先程から時計の針が動いた様子はない、時間がないことに気づいたのはその三十秒は後だった。
事務所には九時半に集合で、事務所までは自転車で三十分強、下手したら間に合わない!
「行ってきます! 」急いで家を飛び出すと自転車に跨がる。本当はバイクがいいのだが、買えるほどの金がない。
だからバイトをしているのだが……奏志はため息をついた。頭を振って無駄な思考を取り除き、事務所へと急いだ。
時計を見るとあと二十五分しかない、坂道をノーブレーキで下る。彼のウインドブレーカーが風をはらんで膨らむ。やっぱりとても気分がいい。鼻唄でも歌おうかと思うほど、彼は浮かれていた。
踏切につくと、遮断機が下りていた。あと二十分しかないんだけど……しかし彼は焦ることなく、足止めを食っている間、彼は昨日はここを原嶋さんと一緒に通ったことを思い出していた。
昨日の夜も、寝られないほど焦がれたもんなぁ……家は近いけど、また会えるかな? 奏志は短い間に色々と思案を繰り返した。
そんな彼の前を急行が通りすぎていく、踏切が上がった瞬間にペダルを踏み込む足に力を込める。ぐいぐいと街並みが後ろに流れて行く、これなら間に合いそうだ!
~九時三十分三十秒~
事務所の前で自転車を降り、棒のようになった足を引きずって中に入ると、今日のミーティングが始まろうとしていた。ゆっくりと音をたてないようにドアを開けると、
「し・の・み・や・くぅ~ん」野太い声が響いて奏志の遅刻を責める。
「すいません、宮田センパイ」宮田センパイ、そう呼ばれた大柄で、がたいの良い男は奏志の頭を今日の要綱で軽く叩くと、さっさと席に座るよう促した。
薄ら笑いを浮かべながら、席に座ると早速要綱を開く、よく読んでおかないと作業をポカしてセンパイ達に怒られるからなぁ……
なになに……今日の作業分担は~っと……俺と康司はいつも通りの
「なんでこんなとこいかなきゃなんねんだよ? 」
「しょーがねーだろ、上からのあれなんだから、俺らバイトは従うだけだよ」
確かにそうだとも思ったが、コイツに聞いても埒があかない。そう判断してセンパイに確認をとる。
「センパイこれ本気すか? 国連軍北棟って……」
「俺が嘘ついたことあったか? 」
「はい、何度も」奏志ははっきりとこたえた。
「ふーん、言ってくれるじゃん。でも今回はマジだぞぉ、取り敢えず、早く準備しろ! 今回は国連軍が依頼主なんだからな! 」
「へいへい、分かりました」
「へいは一回でよろしい! 」威勢の良い声が響き、このやり取りを見ていた他のセンパイ達も肩を震わせて笑っている。
「お前らも、早いとこ準備しろよ! 」
「うーす、分かったよ宮田ちゃん」口々に了解の旨を伝えると皆で事務室を出て、ロッカールームへと急いでいった。
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