眠れない夜を抱いて
踏切を越えた右側と左側の住宅街はなだらかな山になっていて、二つの住宅地の間は谷のようになっており、ふたつの住宅街を行き来出来るように道が通っている。
奏志は考えた、普段この道を使うときは明るいからたいして怖くないが、今日は違う。辺りは闇に包まれ、街灯の明かりだけがぼうと宙に浮かんでいる。柵の向こうから夕方の化け物でも出てきそうな雰囲気だ。
階段を降りながら今日のことを思い返す、今日は本当に危ない目にあった……恐らく、生きてきた中で一番危ない目に遭っただろう。
それにしても……と思い返すのはやはり明希のことだった。素敵だったな……また会えるだろうか。どこの学校なんだろうな、共学って言っても色々あるしなぁ、俺んとこだったらいいなぁ……階段を降りきり、腕時計を見ると既に時計の針は二時をまわっていた。
こんな時間だったのか……明日は土曜日だからバイトがある。どうせ今日の騒ぎで壊れた建物の修繕や瓦礫撤去に人型作業機械、つまるところの民生用二五式のオペレーターは絶対必要になるから、例え俺の腕が折れていたとしても、人手がないよりましだからね、と言って呼び出されるに違いない。
まぁ、それがうちのバイト先の一番いいところであり、悪いところなんだけど……
バイトについては、親友の康司もシフトに入ってる日だから……と自分を納得させた。長い一本道を抜け、階段を上がりきると、すぐに我が家が見えてきた。小走りで家に入る。
「ただいま」
「おかえり」真っ先に出てきたのは母だった。これから寝室にいくようだ。
「なんだ、どこも怪我してないんだぁ……」となぜか少し残念そうだ。二言目にはこれかよ……
「ところで、飯は? 腹へってんだけど」
「ん? テキトーに台所にあるもんでも食っときなよ。あたしはもう寝るからさ、電気しっかり消しといてよ! 」母はこう言うと足早に二階に上がっていった。
チクショー……なんて母親だ! ひとしきり悪態をついた奏志はカップラーメンを見つけてそれを啜り、申し訳程度に風呂に入ってから、布団に入った。
~午前二時五十九分~
もう三時になってしまう、七時には起きなきゃ行けないってのに……どうしよう……ギュッと目を閉じる。
~午前三時三十分~
ダメだ! 寝られない! 寝ようと思うとあの化け物の様子と原嶋さんが頭の中を右へ左へ駆け巡ってゆく。
~午前三時四十五分~
次第に化け物の様子は頭から失せた。代わりに原嶋さんの様子がずっと頭の中を流れている。どうやら脳裏に焼き付いてしまったらしい。あぁ……また会いたい。奏志は布団の中でガタガタと震えた。
~午前三時五十九分~
カーテンの外が白んできた、夜明けが近い、ようやく瞼が下り始めてきた。
数分の後、彼は深い眠りについた。その上、大きな鼾までかきはじめた、上のベッドで寝ている彼の弟はたまらない。ちょっとずつ眠りを寸断され、兄に対しての憎悪すら抱くほどになった。そして、ついに枕カバーを耳の穴に詰め込んでしまった。
はやく起きてしまえ、奏志の哀れな弟は兄の目覚めを祈った。
もうすぐ、夜が明ける。
これが、篠宮奏志が始めて原嶋明希と出会った日のことである。
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