帰途

 軍管区の森は奏志たちが思っていたよりも広く、外に出られない。鬱蒼とした木々は外の灯りを塞ぎ、ヘッドライトの灯りだけが、か細く前を照らす。


 「まだ外に出られないんすか? 大分走っていると思うんですけど」


「しょうがないだろ、森が広いんだから。一応お前は移送中の捕虜と同じ扱いなんだからな、んなこと言ってっと車外に放り出しちまうぞ! 」


 「なに言ってんのよアンタ、そんなことしたらアンタが軍から放り出されちゃうわよ」珠樹は皮肉混じりに風城を諌めた。

 

 「お二人はとても仲がいいんですね」明希は微笑みながらいった。

 

 「仲がいい? そんなことないよ」二人の声が重なり、顔を見合わせて恨めしげにお互いを見る。その後二人はこう付け加えた。


 「ただの腐れ縁だよ」まるで夫婦漫才のような掛け合いを見て、奏志は少し羨ましくなった。腐れ縁……かぁ……俺も縁が欲しいもんだなぁ……ぼーっと窓の外の木々を眺める。


 「縁があるって良いことですね」風城の返答に少し遅れて明希が言った。

 

 「まぁ、そうとも言えるな、口喧嘩の相手には苦労しないさ」と風城


 「確かにね」肩を竦めて珠樹もつづけた。


 「縁って言えば、明希ちゃんは引っ越してきたばかりだったわよね? 」


 「はい……そうです」


 「きっといい「縁」が見つかるわ、素敵なお友達とか、口喧嘩の相手だってね! 」


 「そうですかね……? 」


 「ほら、今日だってそこの篠宮君に助けてもらったでしょ、そういうことよ、「人」と「人」の間にある、何かと出会うための「力」それが「縁」だと思うの」


 「確かにそうですね」明希がそう言うと視界が開け、街灯の灯りが車内を照らした。


 「おまちかねの森を抜けたぞォ! 奏志ィ! さっきからまだかまだかって催促しやがって……」


 「えぇ……!? ホントだ」


 「あと五分くらいで駅に着くから、しっかり準備しとけよ! 」


 「はいはい」気の抜けた返事をする奏志、何かと出会うための「力」それが「縁」かぁ……さっきの珠樹の言葉をずっと反芻していた。


  暫くすると、駅のロータリーが見えてきた。風城はホームに一番近いところに二人を降ろす。


 「それじゃ、元気でな! 終電まで時間がないから長く話が出来ないのが残念だ! 」風城がウィンドウを開けて叫ぶ。


 「明希ちゃん! 元気でね! それから奏志君も! 」珠樹さんもそれに続いた。


 「色々とありがとうございました! 」

二人が頭を下げると、車は走り去っていった。流れていく車影を見送る。


 ~午後十一時三十二分~

 

 急いで改札を抜けると、ホームからのアナウンスが聞こえた。見送りに時間を取りすぎたようだ、どうやら発車が近いらしい。


 「急ごう」二人は階段を駆け上がった。


 ~午後十一時三十四分~

 二人がドアに滑り込む。息を切らした二人の後ろでシュッと音をたててドアが閉まった。


 時計を見ると、奏志がいつもと違う、一本前の電車に乗った。ある意味では(極めて小規模だが)運命を変えた瞬間からピッタリ八時間経っていた。


 「間に合って良かったね」


 「そうですね」


 肩で息をしながら二人は車内を見回す、最終のレールウェイは人がまばらで、座る場所には苦労しなかった。二人は空いている窓際のボックスシートに、向かい合う形で座った。


 車窓の景色がゆったりと流れていく。火星の夜景はたまに見るけれど、今日の夜景はいつものものとは全然違う、瞳に映るものすべての色が全く違って見える奏志はそう確信していた。


 「綺麗だね、夜景」奏志の独り言のように響いた言葉にアキが頷いた。


 「たまに見るんだけど、今日はなんだか違って見えるんだ」


 「そうなんですか? 」


 「うん、今日は色々あったから……そのせいもあるかもね」無論、色々、の言葉には様々な意味が含まれていた。


 「そうかもしれませんね」明希は車窓の景色を物珍しそうに、目を輝かせて見ていた。


 「そう言えば、原嶋さんの最寄り駅ってドコなの? 」ふいをついて奏志が聞いた。


 「九里浜くりはまなんだけど、新しい家が駅から少し遠くて……」


 「そうなんだ! 俺も最寄りは九里浜なんだ。それで、家は駅から少し遠いよ、案外家も近かったりするかもね」


 「そうかもしれませんね」と言うと明希は少しだけはにかんだ。

 

 軍本部のある烏ヶ浜からすがはまの駅は終点で、奏志の最寄り駅である九里浜駅くりはまえきまでは約一時間半の道程であった。


 刻々と移り変わってゆく車窓の景色を眺めていた二人、レールウェイのリズムに揺られるかのようにして、少しずつ、少しずつ話をした。


 「私、共学の学校に行くのははじめてなんです。昨日までいたコロニーでは女子校に通ってて……だから、男の子が苦手……というか……どう接したらいいか分からないんです」


 学校の話をしていた時、明希は少し困ったような顔をして突然こんなことを言った。


 「気にしなくてもいいんじゃないかな」


 「えっ……? 」


 

 「俺なんかは生まれてこのかた共学以外の学校に行ったことないけど、未だに女の子に対しての苦手意識は大きいし、正直なことを言うと、今こうして原嶋さんと普通に会話をしているのなんて奇跡みたいなもんなんだ」


 「奇跡……? 」


 「うん、まさに奇跡だよ、もし、この様子を友達が見たらきっと腰を抜かすだろうね。それからきっと、明日火星は滅びるって皆に吹聴するはずさ」奏志はいつになく饒舌になっていた。

 

 「そうなんだ……なんだか心配して損したかも……」


 「そんなもんだよ」


 「きっとそうですね」明希がそういい終わると


 「まもなく、九里浜~九里浜~」間の抜けた車掌の声が二人の会話を遮った。ついに駅に到着した。カタン、と音がして車体が止まり、ドアが開く。


 ゆっくりとホームに降り立ち、駅を出ると、ロータリーにも人の気配はなく、辺りは静寂に包まれていた。


 「こっちでいい? 」駅から続く二本の道はどちらも住宅街に繋がっているので、奏志は自分の家のある方をさして明希に聞いた。


 「多分、大丈夫だと思います」


 「多分……かぁ」奏志は笑った。彼女がもし、家の場所を把握していたら、きっと出会うことが出来てはいなかったはずだ。


 「あんまり笑わないてくださいよ」原嶋さんは頬を紅く染めて、恨めしそうにこっちを見た。


 「いやいや、そういう『あれ』で笑ったんじゃなくて……」慌てて弁解する。


 「それじゃあ、どういう『あれ』で笑ったんですか? 」慌てる奏志を見て、楽しそうに明希は言った。


 「う~ん、まぁ、早いとこ帰ろうよ! 」奏志は焦りを隠すかのように明るく言った。だって、言えるわけないじゃないか、君が家の場所を把握していたら、会えなかったかもしれない、なんて、そんな思いを隠しながら──


 二人は坂道に沿って家路を歩み始めた。紅井べにいの踏切、右側の住宅地と左側の住宅地の分かれ道まで来たところで奏志は明希に聞いた。


 「原嶋さんの家はどっち側? 」


 「私の家は右……だったような気がします、篠宮君は? 」


 「俺の家は左側だよ」


 「それじゃあ、少し遠回りになりませんか? 」


 「いやいや、俺のことなら気にしないでよ」


 奏志は明希を家まで送り届けた。途中何度か間違った小路に入ったが、なんとか彼女の家まで着いた。


 門の前で彼女が「さようなら」と言ったとき、奏志は少しだけ怪訝そうな顔をした。


 「どうしたんですか? 」


 「いや、俺、こういうときの挨拶はまたねって言うもんだから」


 「どうしてですか? 」理由がまったく分からない、という表情で明希は奏志に聞いた。


 「さようなら、だとなんだか他人行儀な感じっていうか……よく分からないけど、少し悲しい挨拶のような気がするんだ。またね、だとまた会える気がする、って言うか」しみじみと語る奏志。


 「そうなんですか? 」


 「俺は……そうかな」


 「そうなの、変な人……」クスクスと笑いながらアキはつづけた。


 「それじゃ……会えるかどうかは分からないけど」そう言ってから彼女は微笑んだ。


 「うん、」奏志は返事をしてから家路を急いだ。

  


 


 

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