尋問

 スラスターを二度、三度と小さく吹かし、滑走路に着陸する。辺りを見回すと、前を行く風城の誘導に従って滑走路を進む間にも、次から次へと国連軍の機体が離、発着を目まぐるしく繰り返していた。


 「スゴいっすね、この量」


 「そりゃそうさ、あんな化け物が来たってなったら意地でも防衛しなきゃならねぇからな。こっちとしちゃあ、二度と来ないでほしいけど」なおも奏志は、辺りを見てキョロキョロしている。

 

 「おい、よそ見してっと場所間違えるぞ、こん中だ」風城の機体が右を指した。


 「了解です」機体を指定されたハンガーに入れる。ケージが周囲を取り囲み、タラップが近づいてくる。一歩下がって所定の位置についたのを確認し、機体を待機モードに移行すると、全周囲モニターが消え、白色のライトがコックピット内を照らした。完全に機体が停止したのを確認してから後ろの原嶋さんを起こす。


 「着きましたよ」


 「あ……おはようございます」


 「もう夜だよ、ハハ……」


 「そうでしたね……」原嶋さんは伸びをしながら少し恥ずかしそうにした。


 「じゃあ、早いとこ行こうか、出来るだけ行きたくないのはやまやまなんだけどね」


 奏志はハッチを開き、原嶋さんを先に下ろすと、自分も後から下りて、予想通り待っていた風城のところに急いだ。

 

 「お嬢さん、目覚めはどうだい?よく寝ってたみたいだけど」


 「ん~、よくはないですね」どうやら寝ているのを見られたことでばつが悪いようだ。


 「そうかい」


 風城に連れられて本部内に入ると、待ち構えていたかのように現れた一人の女性士官(黒のショートカット、首筋の辺りで切り揃えられた髪、凛とした眼差し、整った顔、いかにもクールビューティーと言ったところだ)が一行に加わった。


 前を歩く士官二人は何やらゴニョゴニョと話をしている。


 「どう?今日の調子は?」と女性士官


 「さしずめ小学校の遠足での引率を担当する先生のような気分だよ」


 「それは御大層なことで」


 「で、これからどうするんだい?二人を営倉にでもぶちこむか? 」その言葉に奏志は息を吸い込み損ね、喉からヒュッと変な音が出た。 

 女性士官は眉をピクリと動かすとこう言った。


 「聞こえてたみたいね、心配しなくてもいいわ、いきなり営倉に入れたりは流石に無いわよ、ちゃんと事情くらいは聞いてあげる」


 「尋問の前にまずは検査からだけどな」


 「検査……ですか? 」


 「そ、検査だよ、け・ん・さ」


 「なんで検査なんすか? 」


 「怪我してたら困るだろ? 営倉に入れるときにサ」風城はそう言ってカラカラと笑った。マジかよ……胃が痛くなってきた……


 「それじゃ、ここでお別れね」


 早速、医務室のようなところに案内され、そこで原嶋さんと別れた。部屋に入る直前、原嶋さんが手を振るのが見えたので少し控えめに手を振りかえした。バタン!ドアが閉まる。

 

 「それにしても、どうして別れるんすか?」奏志が聞くと


 「お前って頭悪いな」風城は半ば呆れながら奏志に言った。


 「そりゃ自分が一番よく知ってますよ、言われるまでもないです」


 「それじゃ、おバカな篠宮君に一つ質問、諸々の検査で男の子と女の子がおんなじ部屋で受けるものはありますか? 」

 

 「視力検査は一緒でしたね」ばか正直に答える


 「アホかお前…俺だって女の子とおんなじ部屋で諸々の検査を受けたかったさ!でも公序良俗はそれを許してはくれない!そういうもんだったろ!」


 「そうすね」奏志が言うと、風城は部屋の中心に鎮座しているCTスキャン、レントゲン複合型MRIの上を顎でしゃくり、早く乗るように促した。言われるがままに台の上で横になる。


 「出来るんすか?」


 「なにがだよ…」


 「いや、操作っすよ操作」


 「今時のは訓練したサルでも出来るくらい簡単なんだよ、字が読めれば幼児でも出来る、お前でもな……」


 「はえ~すっごいビックリ」


 「いいから、おとなしくしろよ」風城は諭すように静かに言った。


 「サーセン」頭をヘッドレストに乗せると、台が頭側に引き込まれていき、白いトンネルの中で光の明滅を見ながら、延々と流れる機械音を聞くことになった。こんなとこにずっと入ってたら頭がイカれちまう。



 検査が始まってから三十秒が経った、早くも奏志には我慢の限界が訪れている。

 「まだなんすか?イカれそうなんすけど」


 「ああ、イカれるギリギリで出してやるよ」澄ました顔の風城


 「あーもうダメ、もうイカれる! ムリ! 」ヒステリックな叫び声をあげた奏志。


 「分かった出してやるよ、もう終わってるからな」


 「だったら早くしてくださいよ! 」


 「悪い悪い」台が動き始め、風城の顔が見えはじめた。随分と楽しんだようで、ホクホクしている。


 「楽しかったかい? 」


 「あぁ、最高の気分っすよまったく……」


 「そりゃどうも…こっちも長くやった甲斐があったってもんさ」


 操作盤の上に乱雑に放置されたヘッドホンを見つけた奏志は風城を問いただした。


 「ホントはこれ着けるはずですよね? 」

しまった! という顔になった風城は素直に謝った。


 「ゴメン……さっぱり忘れてた」奏志は謝られてなんだか逆に申し訳ないような気がして、


 「まぁしょうがないっすよ、早く次いきましょうよ」と言ってみたものの頭がガンガンする、まだ耳の奥でピーピー言っている……


 少し歩くと、さっきの女性士官と原嶋さんが角で待っていた。


 「遅い」女性士官が不機嫌な声で言う


 「悪いね、操作に手間取ってしまって……」女ってのは怖いからな……風城は嘘をついた。


 「それじゃ、明希ちゃん、こっちよ~」女性士官は風城の言葉を無視して前を進んでいき、風城も若干肩を落としながらその後をついていく。


 廊下をかなり歩いたところで古風な木製のドアの前に着いた。白くて無機質なこの建物には似つかわしくない。


 ドアには重々しい真鍮のプレートがかかっていて「総司令官室」と書かれている。

 なんてこった……! 奏志は明希と顔を見合わせてから、二人一緒に顔をしかめた。


 「ここだ、なかに入んな」風城はさも普通のことのように言った。


 「ここって……」奏志が渋る


 「いいから、早く入れよ……」風城はそう言うとドアノブを掴んだ。ギィと重苦しい音がしてドアが開く。ドアと共に二人の不安も広がっていった。


 風城に押されて奏志が中に入ると、部屋は随分と広かった。広いだけでなく、調度品も格調高いものばかりで統一されていた。奥には古風な大机が鎮座していて、立派な髭を生やし、貫禄のある佇まいで総司令が座っていた。


 風城は目で合図をすると総司令の前へ出て


 「風城かぜしろ葛葉くずのは、両中尉以下民間人二名、ただいま到着いたしました」手短に報告を済ませると、凛々しく、軍人らしい敬礼を見せた。


 「ご苦労だったな……ここからはこちらの話だ、二人は下がっていて良いよ」と、風城と葛葉と呼ばれた女性士官の二人を部屋から出した。


 「失礼しました! 」ゆっくりとドアが締まり、二人は部屋から出ていった。二人が去って静かな部屋で奏志と明希は総司令と顔を合わせるも、部屋の印象と相まって二倍にも三倍にも膨れ上がった緊張感に顔を歪めることしか出来なかった。


 ふいに総司令が口を開く、


 「今日は災難な一日だったねぇ、まぁ、立っているのもなんだ、かけたまえよ」そう言って彼は応接用のソファに掌を向けた。威厳と貫禄に反して落ち着いていて、どこか優しげなその声に幾らかは安堵したものの、逆に腹の底にある「何か」が透けて見えるような気がして身構えてしまう。


 「し、失礼します! 」奏志が震えた声を張り上げて威勢よくソファに腰をかける。


 「失礼します……」明希は控えめに、しかし聞こえるようには声を出し、奏志の隣に腰を下ろした。


 そんな二人の様子を見て、なぜか総司令は満足そうな笑みを見せると、二人にこう聞いた。


 「珈琲コーヒーでも飲むかい?それとも紅茶の方がいいかな? 」予想外の突然の一言に驚いて取り乱す。先に口を開くことが出来たのは奏志だった。


 「いやいや、そんなお気遣いなさらずに……僕達はただの民間人ですので……」


 「ただの民間人ではないよ、私の大切な客人だ、それに…客人に珈琲や紅茶を振る舞うのは私の趣味なのでね」どこか人懐っこそうな笑顔を見せる総司令に幾らかは不安が退いた。


 「紅茶を…いただけますか?」


 「珈琲じゃなくていいのかい?」


 「少し珈琲は不得手でして……情けない限りです……」


 「そんなことはないさ、紅茶だって素敵な飲み物だよ、砂糖とミルクは?」


 「角砂糖を一つ下さい、それと、ミルクを少し」


 「オーケー、そちらのお嬢さんは?」


 「紅茶を下さい、砂糖はいりません、代わりにミルクを多めにお願いします」二人の所望を聞いて総司令はさらに嬉しそうな顔をした。


 そんな様子を見て、きっとオーダーを間違えなかったのだと確信した奏志は肩に入っていた力を少しだけ抜いた。


 数分後、総司令は暖かみのあるカップに二人の紅茶を入れてやって来た。気品のある香りが辺りを漂っている。


 「どうぞ、冷めないうちに飲んでくれ」


 「いただきます」二人は粗相のないよう、十分に気を配って一口啜った。


 「美味しいです、すごく」


 「分かるかい? 」


 「はい」俺はあまり舌の効くほうではないが、これは美味しい、すぐに分かった。


 「お嬢さんは? 」


 「美味しいです、香りもすごく上品ですし」


 「それは良かった、ところで……本題に入ろう」総司令の顔が一瞬険しくなる。


 「まずは……そうだ! 名乗るのを忘れていたね…紅茶まで淹れておきながら名前も知らないなんて、我ながらうっかりしていたものだ…」また表情が一瞬間前のようにほころぶ。コホン、と咳払いを一つしてから総司令は続けた


 「私は国連軍火星本部総司令、菊池和雄きくちかずおだ、よろしく」


 「俺…いや僕は篠宮奏志です」


 「私は原嶋明希といいます」


 「二人とも…いい名前だ…おっと、こんな話をしにわざわざ来てもらったのではなかったな…」真剣な表情に戻った総司令。奏志はゴクリと唾を飲んだ。総司令の次の言葉に身構える。


 「怪我は…なかったかい?」あまりにも真剣な表情でのこの質問に二人は虚を突かれたような気分で


 「ありませんでした」


 「私も大丈夫です」とこたえる。


 ふぅ~っと大きな息を一つつくと、司令は安堵したように全身から力を抜いた。


 「良かった!本当に良かったよ!」かなり喜んでいるように見えた。何故そこまで喜ぶのだろうか?その奏志の疑問を察し、司令はこたえた。


 「いや、危なかったんだよ、軍の不祥事になるところだった。民間人が勝手に試験機に乗った挙げ句の果てに怪我をしたとなったら……考えたくもないね」


 「そうだったんですか……」


 「まあね、軍も体裁と言うものがあって大変なんだよ」


 「となると……処罰的なものはあるのですか?」


 「営倉にでも入るかい? 」司令は悪戯っぽい笑顔で言ったあと、すぐに付け加えた。


 「あるわけないだろう、そんなことになったら私の首が飛ぶよ、もとより有事だったとは言え、セキュリティが甘かったために試験機が持ち出されたのだからね…」


 「すいません…」


 「いやいや、謝らないでくれ、機体がほぼ無傷だったことには感謝すらしているほどさ」その言葉を聞いて奏志がほっとしたのと同時にドアがノックされ、


 銀縁のアンダーリムの眼鏡をかけた女性が入ってきた。手にはかなりの量の書類を持っている。奏志には医者か何かのように見えた。


 すす~っと歩いていって総司令に耳打ちする。どうやら都合の悪い話だったらしく、総司令は顔をしかめた。


 「それ、今じゃなきゃダメかなぁ? 尋問の途中なんだ」


 「紅茶を飲みながら? 随分と優雅な尋問ですね」医師は軽く総司令を責めた。


 「分かったよ、分かった。だが、その前に二人を送らないと」


 「そのくらいの時間はどうぞ、丁度外に風城君と珠樹さんもいましたし、お二人に頼まれては? 」


 「そうするよ」総司令は名残惜しそうにそう言ってこちらに向き直った。


 「君らはなかなか見どころのある子達だったよ、またどこかで会えるといいね」


 「ありがとうございます」


 「今日のところはもういいから、帰りなさい。」えっ…本当にもういいのか?そう思いながらも


 「失礼しました」そう言って二人で頭を下げた。


 「お~い風城、珠樹、いるんだろ。この子らを送ってってやれ」司令の声が届くか届かないかのわずかな間に風城とあの女性士官がドアを素早く開けて出てきた。おそらく外で待機していたのではなく、盗み聞きしていたのだろう。

 「いや~なはは、任しといてくださいよ」士官二人は変にひきつった笑みを浮かべながらきまりが悪そうにしている。

 「別にとって食おうって訳じゃないんだから、もっと普通にしたまえよ」


 「いえいえ、そんな恐れ多いこと出来ませんって」


 「まぁ良いや、二人をしっかりとね、頼んだよ! 」


 風城と珠樹に連れられて二人が外に出ると辺りは真っ暗になっていて、滑走路の誘導灯だけが宝石をちりばめたかのように瞬いていた。駐車場まではかなりの距離があった。


 「駅まで行ったら大丈夫だべ?交通費は出すからさ。そっからは二人で頼むよ」風城の言葉に返答する前に奏志は明希の方を向いて目で合図した。コクリと頷いたのを見てから

 「はい、大丈夫です。」こう言った


 「んじゃ、行こうか」風城が軍仕様の車のエンジンに火を入れる。快調に滑り出した車は軍管区の外に出るゲートで一度止まった。風城は車から降りて何やら手続きをしている。


 風城は戻ってくるなり「よかったな! お前ら処罰がなくてさ! 」と二人に声をかけた。


 「そうですね……何もなくて良かったです。風城さん達はそうでもなさそうですけどね」含み笑いを浮かべながら奏志は言った。 


 「まぁ、総司令に頭が上がらないのは今に始まったことじゃないから、慣れっこなんだけどね」どこか嬉しそうに話す風城


 まだ、車は軍管区の森を出ない──

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